ダージリン紅茶の誕生とその真髄

セリンボン茶園、稜線はネパール国境

ダージリンでは、その地域内にある87の茶園だけが厳密に登録されダージリンの名称を使用することが認められている。ダージリン紅茶の生産量は年間およそ8千トン前後しかない。インド全体のわずか0.6%程度でその有名さに反し極めて少ない。その中で特に優れた品質の紅茶を生み出している茶園では、温帯性小葉種である中国種(チャイナブッシュ)が90%を超える比率で植えられている。

樹齢百年を越える樹もさほど珍しくはない。ここにダージリン紅茶誕生の起源に遡るヒントがある。実は英国植民地政府が19世紀に入り中国から持ち込んだ茶樹の栽培がアッサム地方で上手く行かず、行き場のなかったこの中国種茶樹がダージリン地方に持ち込まれたのであった。

そしてインドではここで初めて中国産茶樹の適性が確認されるに至り、1852年頃より商業的生産が開始された。つまりこの地で栽培されたことで茶の嗜好品としての潜在的可能性を見事に発現し、世界でも稀有でユニークな香りの紅茶が誕生したのである。

クオリティーシーズンの5月後半から6月頃に茶摘み・生産されるセカンドフラッシュ(二番摘み)は、特に素晴らしい香りを持ち価格も急上昇する。

そのキャラクターすなわち香味の特徴を示す“マスカテル”という言葉の語源はムスクだそうだが、独特の甘く魅力的な香りを持つ優良茶は、特に高値となる。高値をつける常連茶園には、キャスルトン、ジャンパナ、チャモン、グームティー、ナムリン、アンブーティア、トウムスン、リンギア、テスタバレー、スングマ、などあるが、すべて中国種優勢のエステートである。

茶樹や自然環境が微妙に異なる茶園ごとに、経験豊富な技術者が細心の注意を払って、気候条件に基づいた栽培管理を行う。

その上で茶摘みを行うベストの芽伸びのタイミングを選び、萎凋工程(摘み取られた生葉を棚に広げて水分を減らし萎れさせる)から揉捻(萎凋後の茶葉をローラーという機械で揉んで紅茶へと発酵を促す)・発酵(酸化酵素を程よく働かせて発酵茶である紅茶になるまで時間を置く)・火入れ乾燥(高温にして酵素を失活させることによって発酵を止めるとともに望ましい香りと色を残しながら、水分量を約3%位まで下げる最終段階)に至る製茶工程の管理監督を行い、まるで芸術的な嗜好品としての品質を競う。その結果がオークション価格に現れる。

今年も、そろそろセカンドフラッシュが空輸で入ってくる時期になった。ベスト茶園の予想をすれば、C社が所有する数ある名門茶園の中でも一押しのプッシンビン茶園は有望で、有機茶園に転換してさらに品質充実したそうだ。

あの伝統を誇るドイツの大口バイヤーは、アンブーティア茶園のオーナーと仲がいいぞ。

英国王室につながるロンドンの名門百貨店のバイヤーは、オカイティ茶園がお気に入りだそうだ。

近年の実績で予想をするなら結局は、超有名どころのキャスルトンかジャンパナだよ。

噂も実力のうちかこの世界。

1991年第一回ダージリンフェスティバルで

紅茶見聞録のその2が読まれる頃には、最高値のセカンドフラッシュが、決着していることだろう。

しかしながら、遠くヒマラヤの地で、丹精込めて作られたティーを紅茶のシャンペンなどと勝手に称しては、「香りがどうの、味がこうの」と講釈し順位をつけるとは、なんともいい気なものだが。

ダージリンは、やっぱり茶人のパラダイス。