いつの間にか、秋元さんも笑顔を浮かべて彼らを見ていた。彼女にも早く帰宅するように促した。普通の日常が早く戻りますように。と彼らを見送り、一人で残務をこなしていると出て行った彼らと入れ違いに年配の男性が急に入ってきたので、タケルは緊張した。

「誰ですか?」

「すみません、怪しい者ではありません。失礼します。警察です」

例によって刑事ものの映画かテレビのように警察手帳を出した。

「ああ、びっくりしました。施錠していなかったもので」

「先日亡くなった、篠原さんのことで。生徒さんたちがいなくなるのを待っていました。少し、お話よろしいですか?」

よろしいも何も、勝手に入っているじゃないかとタケルは思った。一人は外に出たまま、もう一人の痩せぎすで眼鏡をかけた刑事がずかずかと入って来た。

「ええ、少しなら。もう僕も出ますので」

「篠原さんと個人的な話をするようなお付き合いはありましたか」

眼鏡を押し上げて携帯端末で音声のメモを取っていた。

「いいえ、彼女はここへ配属されて一年にもなりません、四月から勤務です」

「研修中?」

「そうですね、研修期間は三か月ですが。いつまでも仕事ができないので、早く帰らせていました」

「あの事件の前後も帰宅は早いですか?」

「そうですね、六時過ぎから塾は忙しくなりますが、彼女には帰ってもらっていました。六時過ぎに出たとありますね」

タケルは事務所の横にある端末を表示して刑事に見せた。いたら邪魔なんだとはさすがに言えなかった。すかさず、その記録を画像に収めていた。

「あの日は誰かと会うとか聞いていませんか?」

「そんな個人的な話をするほど親しくはなかったです」

「そうですか、お疲れなのに失礼しました。何か気が付かれたことがありましたら、ここまで電話を頂けますか」

と名刺を渡された。

タケルは自分も疑われているのかとイライラした。アリバイを聞かれていないということは自分は圏外なのか?とも思えたが、残念ながら篠原さんのことは本当に気の毒だが、女性としても会社員としても何とも思っていなかった。この世にいないのかと思うとかわいそうだが、涙が出るような感情は動かなかった。もともとそんな冷たい性格ではない、役に立たなさ過ぎて要らなかった。

それよりも明日は平日に休みが当たっている日なので、病院に行かねばならない。早く片付けて帰宅しなくては。スマホで病院の場所も探さないと。記憶が事故の後はあいまいで通院もしていたはずだが、ぼんやりとしていた。もう一度帰宅したら母に尋ねようとタケルは思った。