海辺の学校で

茅ヶ崎駅南口のロータリーで基のクルマの助手席に乗り込んだ。

さすがに学校から一緒に帰るのははばかられたから、相模川を渡ってから合流したのだ。運転席の基は、我慢できないというような笑みを浮かべている。

「楽しそうだったね」

「ん、楽しかった。ユーコちゃんが教職にこだわったのも、分かる」

「可愛いでしょ、生徒たち」

国道134号に行き当たって左折すると、前方から夕闇が迫って来ていた。行き交うクルマもライトを灯し始め、片側二車線の道路は、信号が変わるたびにずらりとブレーキランプが連なる。休日は渋滞が常の海沿いの道だが、平日の今日は流れがスムーズだ。

「あの、細っこい子、なごみくん?」

「前田くんっていうのよ」

「あの子、すごいね。細くても、バネがある。身体ができてきたら楽しみだな」

「足もすごく速いし」

「逆に、ヨーイチくんって子は、相当ビビってたけどね。接点で、必ず目ぇつぶるんだもん。あと、ケータくん、だっけ。最後は怖がっちゃってたよな」

「二人とも、普段はあんな顔、見せないんだけどね」

「オレも、一年の頃はコワかったさ」

「そういえば、タックル練習失敗して顔面血だらけになってたよね」

今も、その時の名残が基の右のこめかみにある。とうにちょっとしたシミになっているけれど。雨の日に強行した練習で、グラウンドに顔から突っ込んだのだ。

「そんなこと、あの子たちに言うなよな」

「余計怖がらせちゃうしね」

「じゃなくて、オレが恥ずかしいから」

その、薄く広く擦りむいた顔の手当をしたのは佑子だった。懸命に平気なふりをしていたつもりだったけれど、実はかなりビビっていたのだ。でも、至近距離で見つめ合ったのはあの時が初めてだったな、と少しくすぐったい。

「オレが恥ずかしい、なんて、またコーチしてくれるつもりだから?」

「部外者が出入りするのは、やっぱりマズいんじゃないのかな。今日は何も考えずに寄っちゃったけどさ」

「顧問の私がいれば大丈夫でしょ。他の部活でも、OB以外の人とかも、けっこう来てたりするよ」

基は少し黙りこんで、そして頷く。佑子はコーチングについて、やはり不安を感じている。高校時代にはずっとラグビー部に寄り添う場所にいたし、ボールの扱いやルールについても一通り知ってはいる。試合ごとのスコアシートをつけるのも仕事だったから、ラグビーを見る目だってあるつもりだ。

でも、プレーヤーだったわけじゃないし、身体をぶつけ合うことが前提のラグビーを、実践とともに教える自信はない。多分、ひょろりとした一年生でも、男子高校生のパワーを受け止めることなんてとても無理だ。

もっとも、佑子がその覚悟を決めたとしても、彼らの方が尻ごみするに決まっている。

クルマは江の島を過ぎて右手に海を望むようになる。左手には江ノ電の線路。だいぶ暗くなって、海の向こうに連なる三浦半島も、もう見通せない。赤信号で停車すると、鎌倉高校前の駅に四両編成の電車が停まっている。

「バルちゃんの思い出の駅だね」