(1)マニラ人間模様

海鮮料理レストランに入ると、細かく削った氷の上にきれいに並べられた様々な海鮮食材が目に入った。

蛍光灯の光を反射させ、海老、蟹、魚、貝などが、取れたてのように新鮮に見える。野菜やフルーツも、そのままの姿で山積みされている。

ユウコとキヨミは安藤副社長の指示で、次々と買い物カートに食材を入れてゆく。

そして、カートに山盛りとなった食材の代金の会計を一旦済ませ、その後店のシェフに、これとこれはチャコールグリル(炭火で焼く)、こっちはスティーム(蒸す)、これはこれと一緒にパンフライ(フライパンで炒める)、といった具合に料理方法を指定していく。

こんなスタイルのレストランは、正嗣にとって初めてだった。

テーブルに着くや、フィリピンのビール、サンミゲルで乾杯。日本のビールに比べ苦味がないので飲みやすい。安藤副社長は物知り顔で

「こっちは暑いんで、氷を入れて飲むのがフィリピン流なんだけど」

と教えてくれる。そんな水で薄まったようなビールはうまいんだろうかとその時は思ったものの、その後何度もビアガーデンで氷入りのビールを飲んだがまずくはなかった。

入木田社長の正嗣への短い歓迎の言葉と八若への長い慰労の挨拶の後、ユウコから赤いバラの花束が八若へ贈られた。そのバラの花びらは、まるで墨を吸ったように黒っぽい赤色だった。

食事中、入木田社長が興味深い話をしてくれた。

「フィリピンにハマる日本の男はやたら多いぞ。同じように、この国に来る欧米の男たちも結構ハマるんだ。それはな、生態学的に見て、フィリピンが母性社会だからなんだ。人口の男女比を見ても、圧倒的に女の方が多いらしいし、家畜や野生動物、果ては昆虫に至るまで、オスの数よりメスの数の方が多いそうだ。

女の方が多いということは女が強いと言うんじゃなくて、女がよく働くと言うことなんだな。だから男は楽ちん。そんな理由(わけ)で、男にとってこの国では、いつも母親の(ふところ)に抱かれているような安らぎを感じられるんだろうな」

安藤副社長も続ける。

「だから言うんじゃないけど、駐在員としてやって来て、現地の女性に捕まり結婚してしまう奴も多いで」

これは志田、畦上の二人への皮肉だろうか。彼らの奥さんはフィリピーナで、現地で知り合い結婚した。それに、在マニラの日系企業の駐在員の多くがフィリピン人女性と結婚していることもこの一週間の挨拶回りで聞いていた。

でも本人たちが幸せならいいじゃないかと正嗣は思った。

副社長の話は続く。

フィリピンには[パキキサマ]という相互扶助の考え方があるそうだ。フィリピン流のホスピタリティーなのだが、持てる者は持たざる者を助けなければならないという暗黙の了解があるらしい。

持たざる者は持てる者の下に集まり当然のようにその庇護を受ける。これを否定するようであれば、パキキサマがない人とのレッテルを貼られてしまう。

「畦上君の二年前の新婚時代は大変やったね」

と安藤は切り出した。

「えっ……、あぁ……」

と畦上は答えに窮しているようだ。

畦上の代弁をする形で続いた安藤の話はこうだった。