噂は、逆に、真一にとってラッキーだった。真一は、また、亜紀を街を歩くのに誘った。

「田中、今度の日曜日、西武デパートの前で待っているから来てくれないか」

「えっ、またなの」

「街をウインドウショッピングしたいんだ。付き合ってくれ」

亜紀は邪険に断れなく、真一の要求を呑んだ。

「分かった。行くよ」

真一は、上手く亜紀を誘えたので気分上々だった。

「田中の奴、素直だなぁ」

どんどん真一のペースに、亜紀は乗せられた。

「何で山下君は私を好きになったんだろう」

亜紀は、音楽と英語しか取柄のない自分の内面を探った。すると、暗くはないが、やはり内向的な面が目立った。

「私、外交的に見えても、実は内向的なのになぁ。こんな私でも、好きになってくれる男の子がいるんだわ」

少し嬉しくなって、気が楽になった。

「今度、山下君に会ったら、私の魅力を聞いてみよう」

俄然、ファイトが湧いた。心構えもできた。

日曜日を迎えた。西武デパートの前には、たくさんの人だかりができていた。その中でも、嬉々として待っていたのが、真一だった。

「私、時間通りに来たのに、山下君、早かったね」

真一の様子を窺いながら、亜紀は話しかけた。

「さぁ、行こう」

「うん」

「腕が、淋しいなぁ」

またもや、真一は名台詞を言った。

「また、腕を組んで欲しいってこと?」

「そう」

「いいよ」

今度は、亜紀は拒否しなかった。

二人は、腕を組んで街を歩いた。ちらほら友人も見かけたが、みんなニコニコ微笑んでいた。恥ずかしさを乗り越えると、何だか、楽しさを感じた。真一が傍らにいてくれるだけで嬉しかった。

「私、今、山下君と一緒にいて、孤独じゃない」

思うだけで、心が弾んだ。

途中で、喫茶店に入った。メニューを見て『ランチセット』で合意した。相変わらず、真一は、タバコを吸った。亜紀の顔にも、タバコの煙を吹きかけた。

「煙たいなぁ、もう、咳が出るじゃない」

「ハハハッ」

からかうように、真一が笑った。

「笑わないでよ」

亜紀は、突っ張って言った。

「そういう生意気なところもいいなぁ」

真一は、呑気に構えて、亜紀を褒めた。