「しかし、竹依、いや玄賓よ。出家得度し仏法に帰依したからには、現世の血縁は無に帰したも同じじゃ。これからは、師を父と思い、師の薫陶を仰ぐ者を兄弟と思うことが大切じゃ。吾のこともこれからは伯父ではなく(どう)(きょう)と呼べ」

「はい。伯父上……、いえ道鏡法師さま」

玄賓は、あわてて言い直した。

「道鏡法師さまか……、そなたから言われると面映ゆいわ」

道鏡ははにかみながら、玄賓が返事に戸惑っている様をみて、

「ハハハ……、今言ったことは建前じゃ。二人のときは伯父・甥の関係でよい。しかし人前ではそうはいかぬぞ。僧になってからは(ほう)(ろう)年数がものを言う。僧の世界も俗世と同じ序列社会じゃ」

僧侶の世界も組織社会である以上、僧侶間での序列が存在する。最優先されるのは当然のことながら僧階である。そして同格の場合は出家得度してからの法﨟期間の長い者を上位者とするのが常であった。

当時、僧侶は国家によって管理されていた。僧階は『僧正(そうじょう)』・『僧都(そうず)』・『律師(りっし)』の三階を基本とし、補任された僧は、全国の僧尼を統括する(そう)(ごう)の職に就くのが習わしであった。

この他、僧尼の範たるに相応しい僧を『法師』、さらに座禅行を修し悟りの境地を得た僧を『禅師』と呼ぶのが一般的であった。また、具足戒を受け勉学修行に励んでいる若い僧は『()()()()()』と呼ばれ、今の玄賓はこの立場にいた。

「だがのう、僧侶の世界は己の実力次第で頂点に立つことができる。わかるか、竹依。いや玄賓」

道鏡はこう言いながら、自分が出家得度を決断した時の熱い思いを久しぶりに思い起こすのだった。

(今の世の中は氏族を中心に成り立っている官僚社会である。五位以上の官位を授からない限り、その氏族にとっては貴族社会への道は望めない。だが、ひとたび五位以上の官位を得れば、大きな失敗をしない限り、その一族は子々孫々までの栄達が約束されている)

道鏡はこのように世の中を分析していた。