ロボットのような硬直的な働き方

話が「iPhone」のことで少し脱線したが、終身雇用制度の三つめの問題点であるロボットのような硬直的な働き方、について見てみたい。終身雇用では、23歳くらいで就職し、昔は55歳、そして2025年までには全企業で65歳まで働けるようになる。だが、こうした一つの働き方しかあり得ないのは、多種多様な人間がいるなかで選択肢の幅が狭すぎるのではないかと考える。

個人的な話で恐縮だが、私の曾祖母はずっと農業をしていて、40年以上前になるが100歳で亡くなった。亡くなる直前にリヤカー(人力の台車)に乗せ、おじたちがしていた田植えを一緒に見に行った。100歳近くになっても、まだ仕事、つまり米づくりが気になっていたのだろう。

だから、いまさかんに言われる「人生100年時代」などはすでに実践していたことになるし、むしろそれだけ心に力があったから100歳まで生きたのだと考える。だから、65歳になったから機械的に定年で働くのを止めるというのは、サラリーマンのいわば固定観念であって、できれば動けるうちは働くのが自然なのではないかと思う。

ただ、誤解してほしくないのは、70歳の人と30歳の人が同じように働くということではない。70歳になれば体も衰えてくるから、一日四時間を週三日とか、可能な範囲で柔軟な働き方をすればよいのではと考えている。こうした高齢者の働く場は、制度さえ変えればたくさんの可能性がある。

たとえば、いま子どもを預ける保育園がなかったり、またちょっとした短い時間でも預ける人が近くにいないので困っている若い母親がたくさんいる。

そうした子どもを地域の公民館や廃校になった校舎などで、地域の高齢者がみんなで面倒を見るなどといったことなどは、昔は隣近所で実際にしていたことであるが、いまは保育士の資格との兼ね合いや事故があった際の補償などの問題がハードルとなって制度化していないだけで、単純にできるかできないかだけでいえば十分できることであり、高齢者の活躍の場と子育ての問題をまとめて解決でき、大変メリットがあるのではと考える。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『日本が没落した3つの理由――そして復活への道』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。