象牙ぞうげの塔」という言葉がある。学者や研究者がその研究に没頭し、現実社会からかけ離れてしまうことをいう。

いまの日本の学者や研究者は、大学院を経てその道に進まれる方がほとんどだから、現実の経済活動のなかで必要な細々とした雑務や理屈だけでは通らない泥臭い人間関係や不条理なことなどを体験されている方が少ないのではと推察する。

その結果、現実社会と研究結果との微妙なすきまができてしまっているのではないだろうか。さらに、組織に属して研究結果を発表する際には組織としての利害関係、しがらみがあるから、完全に中立というのは期待できない。

一方、われわれ日本人も一般的に生真面目で細かい精緻な仕事が得意で、モノづくりなどではそれがよい形になって表れている。その反面、細か過ぎて、さいり、重箱の隅を皆でつつくようなことになりがちだ。

たとえば、数十年という長い期間を比較するときには、傾向が把握できればいいのだから数字でも小数点以下第二位といった端数はどうでもいいと思うが、日本人は真面目なのでそうした端数処理に気を使って、逆に大きな数字の変化に気づかないようなことがよくある。

つまり、一歩引いて俯瞰、つまり高いところから見るようなことができにくい空気があり、そうした人はむしろ、適当な人、つまり、いい加減な人として低く評価される。

私などはまさにこのタイプだが、いまの日本のように行き詰まってしまったときには、逆にこうした適当さ、いい加減さでもって見直すほうがふさわしいのではないかと考えている。
 

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『日本が没落した3つの理由――そして復活への道』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。