「……あとお嬢様、さっきのグッド・コインの件ですが」
「ああん？」
「ただ単に仮想通貨マルチの末端をつぶすだけでは、あまり何の解決にもならないかと」
須戸麗花はこれにはカチンときたようで
「あのなあフジオカ。ワタシ等は所詮、人々の復讐の代行をして金をかすめ取っている、小悪党だよ。別に世の中を良くしようとか、義賊のような真似をしているつもりはこれっぽっちもねえんだよ。世の中の大きなシステムに組み込まれてる巨悪に立ち向かうようなつもりもないし、力もない。どうだフジオカ、ワタシの言ってること間違ってるか？」
「はあ、いえ。全くその通りで」
『死神湖』の名前を聞いてから、お嬢様は急に機嫌が悪くなったな、とフジオカは思った。
山田くんに言ってグッド・コインの実物を取り寄せた。
「ハハーン、やっぱり大層なデザインを施してはあるが、中身は鉛に金メッキした安物だな。よし、じゃあ山田くん、これこれこういう仕様のものを数百個作ってくれ」
「面白そうですね。早速出入りの『商店・大喜利』に作らせましょう」
「あそこ、ロートルが多そうだが大大丈？」
「何言ってんですか、熟練工ですって」
数日後、関ケ原団地の八海山の家へ向かう出入りの貴重品運送業者に成りすまし、緑の制服に身を包んだフジオカと桔梗の姿があった。
「八海山さま、貴重品の配送です」
「おお、待ってたよ。今日はいつもの配達の人と違うんだね」
「はあ、ちょっと体調を崩しておりまして」
「ご苦労さん。休んでる人にもグッド・コインのご加護がありますように」
こうしてまんまとニセのグッド・コインへのすり替えに成功。
元締めの八海山へ納められたコインは、通常だと一週間から十日ほどで末端に行き渡るらしい。
行き渡った頃を見計らって、作戦が発動された。
山田くんがネットでかすめ取った顧客名簿に次のようなお知らせがメールで送られた。
『みなさまにお配りしたコインに不良品が混入していたことが判明いたしました。このコインはバッド・コインで、持っているとそれだけで不幸になります。時価の五倍で引き取りさせていただきますので、〇〇棟の〇〇〇号室、八海山までお持ち下さい』
末端の顧客に配られたニセのコインは見事に真っ黒に変色してしまっていた。
八海山一家は丁度海外旅行に出かけていたので、帰国する日を見計らって、被害を受けた顧客をネットで煽って、フジオカと桔梗の裏手引きで、八海山の家に抗議に詰めかけさせた。
「お～い！ どうなってんだ、このコインは」
「笑わせんな、何がバッド・コインだ！」
怒り狂う顧客の所に、ちょうど帰宅した八海山一家が出くわした。
「おいおい、ふざけんなよ、こんな時に海外旅行かよ、いいご身分だな」
「え？ あ？ 皆さん、どうなさったんですか？」
「とぼけんじゃねえよ、ニセコインで集めた金でなに豪遊とかしてんだよ」
「？？？？？」
興奮した顧客は、八海山の家の中まで押し寄せる。
「さあ、五倍のレートでとっととひきとってもらおうか」
「五、五倍？ それは無理です。そうだ、新しいコインと交換しましょ」
八海山は焦って、居間の隠し扉の奥にある大きな金庫に飛びついた。
「こんなところに隠していやがったのか！」
「さあ、交換しましょ……アレレ？」
なんと金庫の中のコインもすべて薄汚い黒いコインに変わっていた。
「ふざけるな！」
暴徒と化した観客は、家の中を破壊し、目につく金目の物を物色し出した。
「や、やめてくれえええ……」
いち早く顧客の群れから離れて様子を見ていたフジオカと桔梗が、低くつぶやいた。
「グッド・コインで人生を台無しにされた関ケ原団地の人々の、怨み・ハラスメント」
元締めの八海山は破綻し、グッド・コインの悪い噂が広まり、グッド・コインの関ケ原団地での展開は不可能になった。
須戸麗花お嬢は念のため、グッド・コインに関わっていた大物政治家に根回しして、この関ケ原団地でのことは闇に葬ることにしてもらった。
山田くんから緊急の連絡が入った。
「し、司令官……」
「おーどうした山田くん。例の中学生からお礼のメールでも入ったか？」
「そ、それが、グッド・コインの件へのお礼は来たんですが、その中学生の友人は結局自ら命を絶ってしまったようです」
「何だって？ 今なんつった？」
「グッド・コインの撤退でその友人一家は一旦は救われたんですが。その友人の中学生は解決する少し前から例の『亡霊酒場』のサイトに出入りするようになり、すべての希望を失って結局自ら命を絶ったんだそうです」
須戸麗花の顔が怒りに歪んだ。
「おのれ……死神湖め、許さん……」
お嬢の様子を見ていたフジオカは言った。
「お嬢様、一度その『死神湖』とも決着をつけなければいけませんね」
「あ、ああ。そうだな」
その『死神湖』は何か、須戸麗花の過去にも深く関わっているようだった。
