首都圏の市場

公認された市場ではないのだが、やはり規模が違う。主食や肉、嗜好品など品ぞろえが豊富だ。物価も高く、それでも繁盛するのは、他から搾り上げた富の集中があるからであろう。通貨はドルが占めている。それは、政府が自国通貨で経済を統制する能力のない証明であった。店頭には国連や他国独自の援助物資が売られていて、末端の国民には届いていない。

市場にはやはりボスがいて、彼はその人にも高級靴を献上した。受け取ってくれたが、欲だけに目がくらんだ人物ではないようで、人望で一帯を仕切っているようである。宿無しのうつろな目をした浮浪児たちは、蠅のように追い払われ殴られながら、口に入れられるものをあさっていたが、そのボスは闇の食品をうっかり落としてしまったふりをして拾わせていた。

それを隣の売人が(とが)めて、「市場の品位が落ち、不衛生だ」と大声でなじる。隣で同じような商品を並べても、欲の塊のようなその売人には客がつかない。しかし、大きな顔ができるわけは、日に何回か巡回する地域公安の男と内通していて、告げ口したり、それを種にゆすりたかりをして金銭を巻き上げたり、さもないと罪がないのに強制労働収容所に送り込んでしまったりするからだ。

一輪車一つの靴商売はここでも繁盛して、上物客がつき始めてきた。ボスも何かと気配りしてくれ、待ち客のために椅子を貸してくれる。

朝の冷気を陽ざしが暖め始めると、市場はさまざまな人々で混雑が始まる。売人の声も一段と高まる。ボスも額に汗をにじませて、寄せくる客をさばく。常連客が多いようで、商売以外の話でさらに多忙を極める。話に花が咲いた頃、ボスは自分の首につるした金袋のひもが切れて落ちたのに気がつかない。繁盛を恨めしげに眺めていた隣の男が、その瞬間を逃さなかった。

(かぎ)付きの棒で手繰り寄せると、売り台の下で袋から金を出して、ポケットに詰め込んだ。ボスがまだ気づかずにいるのを、いつも視線を低くしている浮浪児がつぶさに見ていた。ボスに近寄っていった少年を見て、その男が無言で掴み寄せ、空の袋をその胸倉にねじ込んだ。

「小僧め! 泥棒をしやがって」

有無を言わせず、分厚い拳固(げんこ)で少年を気絶させてしまった。胸倉からのぞいていたひも付きの袋を引っ張り出したボスは、意外な表情を浮かべて、倒れている浮浪児を見下ろした。そしてその男は、「こいつの仲間が向こうへ逃げていった」と、周囲の視線を指さした方角へ向けてしまう。

しかし、視線の低い人間がもう一人いた。座って商売する靴屋である。不断の横暴さと今の仕業に、自制よりも正義が爆発してしまった。