弁護士の遠藤が興味を示した。

「ここにいた調理人が陳さんを殺人容疑で訴えたんだ」

「それでどうなった」

「徹底的に調べたんだが真相はわからずじまいで迷宮入りになったよ」

「名警部にしてはドジったものだな」

「だって死体もないし、犯罪があったかどうかもわからないんだぜ」

「くわしく話を聞かせろよ。名警部が解決できなかった事件を俺たちが解決してやろうじゃないか。遠山、お前たしか推理小説マニアだったよな。お前の腕の見せ所だ」

「ちょっと待て。今日は料理を楽しみにきたんだ。血なまぐさい話でせっかくの料理を台なしにするのは陳さんの料理に対する冒涜ぼうとくだ」

成瀬が抗議した。

「じゃ、料理が終わってからゆっくりと話を聞かせてもらおうか」

遠山が言った。

「そうはいかん。料理ってのは話をしながら食べるものだろ。名警部の引退にあたっての格好の話題じゃないか」

遠藤は引き下がらなかった。

「だったら、こういう案はどうだ。実は成瀬から送られてきた招待状で当時の事件を思い出して、来る前に捜査報告書と陳さんの手記を読み直してみたんだ。今日はその陳さんの手記のコピーを持ってきた。それを料理の合間に少しずつ読んでいきながら事件を説明するというのはどうだ」

私は折衷案を出した。

「なに、陳さんの手記? どんなことが書いてあるんだ」

料理評論家の成瀬が急に身を乗り出した。

「陳さんの一代記だな。生い立ちとか陳さんの料理観とか奥さんとの出会いとかが書いてある。血なまぐさい話は一切ない」

「陳さんの料理観だと。それはすごい。今すぐ俺に見せてくれ」

「待った。抜け駆けはなしだ。見るならみんな一緒だ。だいいちお前は反対した張本人じゃないか」

今度は遠藤が抗議した。

「こうしよう。俺が手記をきりのいいところで切って渡すから、それを交代で読み上げるんだ。その後で俺が簡単に説明を加える。これでどうだ」

私が提案した。

「面白い趣向だ。それでいこう。成瀬も文句ないな」

遠山がまとめた。成瀬は不満そうな顔をしていたが、皆の顔を見てしぶしぶ同意した。

「そうと決まったら善は急げだ。さっそく第一部を選んでくれ」

短気な遠藤がせかせた。私は陳さんの手記の最初の部分を隣に座っている遠藤に渡した。