二十分後、和食の店を発見。

とにかく入店。

店内が異常に暗い。

冷房も効いていない。

通りは観光客でごった返しているのに先客は一名だけ。

しかも、照明がほとんど届かない片隅のテーブルにひっそりいるため、生きた人なのか死んだ人なのか判別がつかない。

失敗したかと悔やんだが、とにかく衣笠丼を注文。トイレに行く際に、先客の様子を窺う。

うどんを啜る生体反応あり。

心霊現象ではなかった。

この店の衣笠丼に限らず、京都の丼物は、茶碗に入れて出してもいいくらいの量である。衣笠丼であるが、「おあげ」が出汁を吸っていて予想以上に美味しい。鶏肉でなくても物足りなさは感じなかった。自宅でも作ってみたらと、女房に提案した。

店を出て、蛸薬師通を東進する。永福寺、通称「蛸薬師堂」に行き着く。

土産物店が並び、修学旅行の中高生で賑わう新京極通沿いのこぢんまりとした寺である。

なんで蛸? 

この寺の由来については、あの懐かしいアニメ「まんが日本昔ばなし」で、次のように紹介されているのである。ちなみに、ナレーションは市原悦子。

永福寺に善光という若いお坊さんと年老いた母親が住んでいた。ある時、母親が大変重い病気になってしまった。日に日に弱っていく母親。せめて最後に母親の好物の蛸を食べさせてやりたい。

しかし、善光は仏門の身であるため、生き物の殺生は禁止されている。善光は悩むが、母親の命には代えられない。決心した善光は魚屋まで蛸を買いに行った。お坊さんの恰好では蛸を買いにくいだろうと、気を利かせた魚屋が、嫌がる善光に女装をさせて蛸を持たせてやった。

逆に目立つことになってしまった善光は全力疾走で寺まで帰るが、運悪く和尚さんに見つかってしまう。生臭い匂いに気付いた和尚さんは、無理矢理に桶の蓋を開けるが中から出てきたのは、なんと有り難いお経の巻物だった。善光は、これも薬師如来のおかげと感謝し、お経から元に戻った蛸を母親に食べさせ、母親も元気を取り戻すことができた。以来、この薬師如来は蛸薬師と呼ばれるようになり、多くの信心を集めるようになったという。

気になる善光の女装だが、和尚さんがスルーしたことについては、昔話では触れられていない。

たぶん、

「善光や、お前にそのような性癖があったとは……。そのことでお前は、ずっと悩んでいたのであろう。可哀そうに。それに気付いてやれなかったのは、この儂わ しの不徳じゃ。最近、お前の元気がなかったのも、そのためであったか……」

「いやいや、和尚様。私が悩んでおりましたのは、母親の……」

「もうよい、皆まで言うな。だがな、善光、お前も僧侶の身、あのような恰好で街をうろつくのは、今後控えよ。自室の中だけにするのなら、儂も目を瞑ろう。あと、口紅の色は、もう少し明るめにしては如何かの。ガーリーなイメージで……」

「はい……。(ダメだ、この人。人の言うことに耳を貸さない)」

というようなやり取りがあったと推測される。

境内に安置されている木彫りの蛸の像を左手で撫でると、万病に効くという。これまで、どれだけ多くの病に悩む人たちが撫でたのだろうか、艶々のいい感じに光沢を帯びた蛸の感触を味わいながら、女房と自分の疾病の平癒を祈る。

そういえば、健康に御利益がある寺院と聞けば、欠かさず参拝するようになった。

お互いに歳を取ったのだと痛感。