「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

 
この度本コラムを連載させていただくことになった。タイトルにした「駆けて来た手紙」という言葉は、福島の生んだ草野心平の詩の題名を拝借したものだ。草野心平は岩手の生んだ宮沢賢治の凄さを見抜き、世に紹介した人物としても知られている。長い間岩手で仕事をしてきた福島県人の一人として草野心平の存在はとても誇らしく感じている。
 
私が被災地首長達と震災後に始めた無料電話相談「よりそいホットライン」が宮沢賢治学会イーハトーブ奨励賞を受賞したのも何かの縁だろうか。その「よりそいホットライン」には、毎日3万から4万の電話が寄せられている。原発事故等に由来する相談も非常に多い。母と子どもだけが県外に避難したが離れ離れの生活に耐えられない、自主避難先で「福島に帰れ」といじめに遭った、自主避難したことで親族に責められる、子どもに暴力を振るうようになった父親、岩手・宮城に比して異常に多い震災関連自殺や震災関連死。目を覆いたくなる悲しい話ばかりだ。
 
宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という有名な言葉を残したが、辛い立場の隣人は明日の自分なのだ。なぜ福島県民は、もっと声を上げないのだろうか。なぜ被害者である県民は加害者である東京電力や原発政策を推し進めた国や県に言うべきことを言い、もっと怒らないのだろうか。
 
還暦を過ぎ、医師としても大学教員としても徐々に仕事を終えようとしていた私が、ひとりの福島県人として知事選への出馬を決意したのはこの想いが全ての原点である。
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『駆けて来た手紙』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。