「多分、何かの行き違いでどこかへ行っておられるのですよ。明日まで待ちましょう。もしもそれまでに戻らなければ、本庁に連絡してみますから」

純朴そうな巡査は、親切にこういうと帰っていった。

何日たっても、榊原夫妻は姿をあらわさなかった。何の手がかりもない不思議な事件だった。

成年の男女が一組、別荘から忽然として姿を消してしまったのである。部屋には争った跡もないし、何かがとられた形跡もない。犯人から連絡があるわけでもない。

初め警察は、二人が何かの事件に巻き込まれたという線と、狂言の両面から捜査をした。特に、不動産屋や出没していたとされる測量屋は徹底的に洗われた。

測量をしていたグループの名前はすぐに割れた。三舟測量という、東京、目黒に本拠を構える会社だった。だが、三舟測量の関係者は、確かに八月十八日に隣の測量を頼まれたが、それ以外には何もしていませんよ、と繰り返すばかりだった。

聡自身も警察の事情聴取というので随分嫌な思いをした。娘夫婦が借金でもして、それを苦に蒸発したのではないかと思われたらしいことは聡にも分かった。

夫婦仲まで徹底的に聞かれた。そんな時、聡は娘夫婦のことを何一つ知らないことにいまさらのように気がつくのだった。

仲むつまじい夫婦という先入観だけで二人を見ていた。何も知らないことを繰り返すのに聡は疲れた。

そのうちに一つだけ奇妙なことがあった。「早耳デスク」という小さな月刊誌に、この事件のルポが載ったのである。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『百年後の武蔵野』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。