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今日は、ゴルフ場兼複合施設の建設現場に来ていた。田原市長四期目の目玉政策が、この事業だった。ハイヤーを悠々と現場に乗りつけ、左手をスーツパンツのポケットに入れ、歩いてくる。

あの肩で風を切る感じが、いかにも胡散臭くて、私は嫌いだ。彼は、私の姿を認めると、

「チッ、またお前か。今度は、お手柔らかにお願いしますよ。敏腕記者さん」と吐き捨てていった。

「んん、もう!」なんて奴だ。礼儀の欠片すら持ち合わせていない奴が、市長とは、世も末だ。私は、深呼吸を一つして、怒りを腹の底へ押し込めた。

「市長! 自衛隊の駐屯地を確保するために、以前あったゴルフ場を取り壊したのに、なぜ、またゴルフ場を建設するのですか? その整合性は、まだ市民に話されていませんが、お考えをおっしゃっていただけませんか? 市民が困惑しています」

私は、勇猛果敢に問い質す。彼はいつも、それを嫌がる。そもそも私は、記者である前に、一市民だ。市に納税だってしている。納税者として言う権利はあるはずだ。

彼は、あからさまに嫌な顔をして、

「あのですね、前にも言いましたが、自衛隊駐屯地は、国が勝手に決めたことで、私は尾山市市長として、このゴルフ場兼複合施設の事業を進めているのです。私は、いつも尾山市民の声を一番に尊重しています。きっとこの事業が成功すれば、この市は、日本一幸せな市になるでしょう」

彼は、両手を大げさに広げて、自分の主張が正しいことを周りにアピールした。

「では、市民の声を一番に尊重する市長として、今すぐにでも、国に、ゴルフ場は必要だから、自衛隊の駐屯地は、別の場所にしてくれと要請するということですね」

私が間髪入れずに質問する。彼は、つい口を滑らせたことに気づき、まごついた。

「いえ……だから……、あれは、国が勝手に決めたことなので……おい! 誰かこの失礼な記者をつまみ出せ!」

想像力のない彼は、平凡な答えしか持ち合わせていなかった。私は、他の記者に質問の機会を与えてほしいと、彼の取り巻きに諭され、記者団の後方に回るよう言われた。まあ、いつものことだ。

次の日の見出しを見た編集長は、

「相変わらず、食えない奴だな」と紙コップから立ち昇る湯気に眼鏡を曇らせ、

「また、次も頼んだぞ!」と言った。

「ご期待に応えられるよう、老骨に鞭打って頑張ります」

と作り笑いを浮かべ、私は会社を後にした。

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