ところが夕食を食べている途中から、次第に周囲が明るくなってきて、満天の星空へと変わっていった。天の川がはっきりと見えた。ちょうどそのころは木星と土星が接近していて、明るく輝く二つの星を楽しむことができた。

翌朝は雨模様。私のために星空をプレゼントしてくれた、と三瓶山にお礼をいった。

縄文時代からいっきに飛鳥時代に目を転じると、石見と関係の深い人物として、歌聖(かせい)と呼ばれる柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)の姿が見えてくる。確かなことはわからないことが多い人物だが、『万葉集』のなかで第一の歌人と評されている。

人麻呂は地位ある役人として石見に赴任し、地元の女性依羅娘子(よさみのおとめ)を妻とする。しかしなんらかの事情で京へ行かなければならなくなったときに残されたのが、「石見相聞歌(そうもんか)」と呼ばれる歌である。

妻を残して何度も振り返りながら山を越えてきた自分の姿を詠い、妻は夏草がしおれるように私のことを偲んでいるだろう、と詠っている。そして最後に、「妻がいる家の門が見たい、靡(なび)けこの山!」と叫んでいる。これがおよそ千三百年前の歌である。なんとも情熱的である。

人麻呂は石見の地で亡くなったとされているが、終焉の地がどこなのか、いまだにはっきりとはしていない。たくさんの秀歌を残しながら、その姿はよくわからない、ふしぎな人物である。

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