序章 「二つの早慶戦」〈二〇〇五年夏〉草壁俊英と佐多松子

真夏の太陽が容赦なくグラウンドを炙(あぶ)る。にわかに沸き立つ入道雲が脱帽した若者たちを見おろす。三万人の観客は水を打ったように静まり返っている。

ウ~~~~~~。鳴り響くサイレンの音。ここ兵庫県西宮市の阪神甲子園球場では夏の大会二回戦第二試合の真っ最中だった。

守備につくグレーのユニフォームは神奈川県代表の慶大付属高校。対する攻撃側は純白の東京都代表・早大付属高校。宿命のライバル対決とあって、応援席はいやおうなく興奮の坩堝(るつぼ)と化していた。

「戦後六十年の記念すべき大会は、奇(く)しくも早慶戦となりました。思い起こせば、昭和十八年(一九四三年)十月十六日、最後の早慶戦が当時の戸塚球場、後の安部球場で開催されてから六十年あまりたちます。二世代あとの球児たちがその伝統を受け継いでいます」。

テレビのアナウンサーの声。甲子園から五百キロ離れた東京都港区にある二つの病院では、その昭和十八年に思いを寄せる高齢の男と女が実況に耳をすます。それぞれに闘い抜いてきた六十年の星霜(せいそう)を思い起こしながら。

(サイレンの音――あら、いやだ。また空襲かしら。早く防空壕(ぼうくうごう)に行かないと。でも、足が動かない。母さんはどこ? 妹は?)

都立三田病院八〇一号室。佐多松子(さだまつこ)(七九)の混濁した意識の奥底で警報だけが虚しく鳴り響く。朦朧(もうろう)とした起きぬけのまなざしの先に、抜けるような青空、東京タワーの赤と白。蝉時雨がかまびすしい。紺碧(こんぺき)の空のもと、風に鳴る校旗。

「六十回目の終戦の日を迎えました。このあと、正午の時報を合図に一分間の黙祷を捧げます」。

テレビからアナウンサーが呼びかけている。

「場内の皆さまは脱帽のうえ、ご起立をお願いします。選手、審判員はその場で黙祷してください」と、場内アナウンス。センター奥のバックスクリーンには「戦争で亡くなられた方々のご冥福をお祈りして黙祷をいたします」

(終戦の日? よかった。空襲じゃなかったんだわ。六十年もたったの? 誰だったかしら、甲子園に行くと言っていたのは……妹の美智子(みちこ)の孫……そうそう、諭(さとる)だったわ。えっ、きょうが早慶戦? 六十年前、戦時中にあたしが観にいった「最後の早慶戦」。

爽颯とグラウンドに立っていた神田さんのヒデちゃん……わたしの愛しい光る君のユニフォーム姿。まぶしかった)松子の思いは錯綜しながら時空間を超える。