旅行中にひらめいた新経済構造案

私は旅行が好きで、今から約10年前に、250㏄バイクで日本各地を一人旅した。

カーフェリーで鹿児島に上陸。港から北方向に、国道58号線が約300mあった。カーナビもスマホもない。携帯電話と全国ロードマップ片手の旅が始まったのである。

初日から(私に入っている)神様達の案内で、日本一大きい楠がある神社にストレートで着いた。この神社は明治天皇も参拝された由緒正しい神社だった。

それから太平洋側を北上し、宮崎県、大分県、福岡県、関門トンネル、山口県、広島県に着き、原爆ドームを見学。

宮島の厳島神社、岡山県桃太郎像、大鳴門橋、四国の香川県、徳島県、高知県坂本龍馬像、愛媛県のはまち養殖場、世界一の吊り橋明石海峡大橋、神戸市、大阪市、京都市、奈良市、三重県伊勢神宮、愛知県、山越えで長野県に着き、伊那市街手前で雨宿りをした。

この時に考えた新しい経済構造案は、途上国の社会資本整備的資本主義経済構造案だった。しかし、これは無理だと思い、諦めたのである。

「食物を通貨の基準にする」という発想を思いつく

伊那市内のホテル滞在中に、私は長時間の幽体離脱を経験した。幽体離脱は統合失調症を患った時から時々あった。

伊那市で宿泊したホテルに自分で書いた本『立ち直って』を5、6冊置いていったところ、翌日、自衛隊から連絡があった。理由は分からなかったが、おそらく本の中に、「軍隊、自衛隊は基本的に死後地獄に行く」という文章があったからだと思う。

身の危険を察知した私は、「殺すなら殺してください。私を殺そうとするあなた達の意思は変えられないけど、私を殺したら、私が考えて実行に移そうとしていることを、私に代わってやってください。そうすれば私は肩の荷が下りますから。もし私が殺されたら会ったことのない祖父母に会えるから、ある程度楽しみにしています」という思いで、行く先をくらますことを伝え、東京に向かったのである。それから太平洋側を南下、寄り道せず鹿児島県でフェリーに乗り、沖縄に着いた。

沖縄に帰ってしばらくしてから、「そうだ、食物を通貨の基準にしたらどうだろう」という発想を思いついた。そして、実現するにはどういうふうにすれば良いのか、そのビジョンができたのである。

【前回の記事を読む】事件・事故がないように…車をゼブラゾーンにとめ、直立不動で祈った。