砂の道

関東に戻り、長女の四年後に次女が生まれ、三人の母となって、毎日賑やかに生活をしていた。社宅もお風呂がある小さい一軒家に転居した。その後、郊外に小さい一軒家を購入した。大阪に帰る度に、祖父に私の家に遊びにくるように、何度も話したが静かに頷くだけで、一度も訪れることはなかった。

三十八才の時に、夫が長野へ転勤になった。単身赴任は考えられなかった。三人の子どもと一緒に五人で夏は涼しく冬は氷点下十度にもなる街へ引っ越した。都会と全く違う街は、冬は校庭がスケート場になり、体育の授業はスケートだった。夏は街中がクーラーの中のように涼しく、八ヶ岳や高い山々が家から見え、自然いっぱいの中で生活を楽しんでいた。

山口から主人の母が遊びに来て、一ヶ月程いた時に、急に私の実父に会いたいと言われた。父とは交流も無かったが何とか連絡を取った。断られると思っていたら、即行で来ることを承知してくれた。何年も会っていない父を駅に迎えに行ったが、何の違和感もなく、私のお父さんだった。

夕飯は主人の母と父、私たち家族五人で賑やかに楽しく食卓を囲んだ。その時、父が私は父親と呼ばれることは何もしていないから、父親の資格は無いと苦しそうに話した。しかし、そんなことはどうでもよくて、私には本当のお父さんだった。主人の母も父に会えたことを喜び、帰りには同じ列車で関西へ行った。

二週間後、父の奥さんから電話があって、父が事故で亡くなったことを知らされた。悲しより驚きの方が強く、信じることができなかった。父の家族からは、ぜひ葬儀に来てほしいと言われたが、複雑な家族関係で過ごしたので、かなり迷った。

夫とよく相談して、家族五人で初めての父の家と家族の元へ行き、葬儀に出席した。二週間前に会った父は静かに眠っているようだった。たった三日間程会ったばかりの父の死に、自分でも想像できない悲しみが広がり、これからなのに……と号泣した。

これで私の身内は誰もいなくなり、一人ぼっちになってしまった。寂しかった。でも、すぐ現実に引き戻され、私には優しい夫や元気な三人の子どもがいる。その家族と明るく楽しい毎日を過ごしている。ますます大切にして暮らそうと思った。