家に着くと、ジュアンは体を抱きしめ、頬にキスをしてくれた。これは、ただのハグでもなく、別れ際のごあいさつのキスでもなかった。彼女は、笑顔で帰って行ったのだった。これは、アメリカという国での一番の思い出となった。

しかし、まだ終わってはいなかった。車が家に着く十分ほど前、彼女から、

「自分の気持ちをドナルドに伝えてほしい。」

と言われていたのだった。重い任務を与えられてしまった。

「あのハグとキスは、こういうことだったのか。」

と思った。

その二日後、ドナルドさんの自宅に行き、二階にある屋根裏部屋で話をした。ドナルドさんは、自宅の屋根裏部屋で二度めの失恋をしたのだった。なんというシチュエーションだろう。これ以上でも、これ以下でもない、ドラマにしたら完璧なシチュエーションだ。彼の落胆ぶりは目に見えてわかった。その後、彼はもう連絡をくれたり、家に迎えに来たりすることはなかった。

最後に彼に会ったのは、コンコードの街を去るときだった。彼は、最後に夕食に誘ってくれた。元カノとの話はもう出なかった。ここでも、あのバッファローウィングを食べた。そして、アイスホッケーのスティックを二本お土産にくれた。手を振る彼の顔は、どことなく寂しそうだった。

なんだか目頭が熱くなった。

 

ペナコックでの生活は半年、これほどなじめたところはなかった。ここは、第二の故郷と言ってもいい。自分を成長させてくれた町となったことは間違いない。

この町を離れる一ヶ月ほど前、六十代のある男性から電話が入った。その男性は、「新聞を見て、ぜひ会いたいと思った。」

と言う。実は、ペナコックに来て、小学校で教えていたとき、コンコードの新聞社が取材に来て、新聞に載ったことがあったのだ。その記事を読んだ読者の一人だったのだ。

彼は、「ビル」と言った。これまでにその新聞記事を読んで、いろいろな方々から連絡があり、自宅や学校などに招待されたことがあったが、特別彼は熱心に連絡をしてくれて、何度も迎えにきてくれて、彼の自宅のほうへ行った。

ビルさんは、「ベッツィー」という女性と一緒に暮らしている。二人とも、物静かで、話し方も丁寧で優しい。山の中の白壁の平屋にひっそりと住んでいるという感じだった。

彼は、二十代のとき、アメリカの陸軍にいて、王子キャンプに駐屯していた。休みの日には、日本各地を旅行し、群馬の草津温泉や榛名湖などにも行ったことがあるらしい。そのときの思い出をよく話してくれた。今となってはもう四十年も前の話だが、まるで昨日の出来事のように感慨深げに語っていた。