知らぬが佛と知ってる佛

二度目の癌闘病記

君は思わず我が目を疑った。瞬間「ウォーッ」と小さくうなった。場所さえ許せば「ヒェーェー」と大声で叫んだかもしれない。驚きの叫びである。

大腸内視鏡の尖端が横行(おうこう)結腸から上行(じょうこう)結腸にさしかかってすぐ、目の前の大型ディスプレイに、あまりにも大きな醜い肉の塊、つまり巨大腫瘍がでかでかと映し出されたからだ。

肉塊のでこぼこした表面には、いく筋かの細い滝のような血の流れが見えて、奥からじわじわ出血している様子がまともに窺えた。

君はひそかに悪性腫瘍の存在を予感していたとはいえ、こんな巨大な腫瘍が体内にあるとは思いもよらず、この大きさはすでに手遅れの柵を一つや二つは越えている。とっさに「イャー参った、まいったー」頭の片隅から湧き出た、語尾のアクセントが高みに引っ張られるこの言葉が、みるみるうちに頭全体に広がり、すべての思考を追い出して君の頭の中を乱雑に駆け巡り始めた。

その言葉に、[なんで、自分だけが何度も癌に襲われるのだろうか。知る範囲では家系に癌で亡くなった人もいなければ、患った人もいない。我が家は癌家系ではないと思っていたのだが。膀胱癌を加えればこれで三つの癌を居候として抱えこんだことになる。なんで……なんで自分だけが……なんの因果で……]と、愚痴の繰り言が執拗に後を追いかける。

そんな言葉のシーソーを打ち消すように、君の心のうちに住む二人の佛(ほとけ)の合唱とも思われる『諸悪業の償いだよ、諦めなさい』と、諦念を呼び覚ますような、低音で響く声が入り混じり、激しく渦を巻いた。

君の背後で内視鏡を操作している検査医は、内視鏡を先へ進め、肉塊の裏側を覗こうとして、盛んに内視鏡を引いたり押し込んだりを繰り返しているようなのだが、内視鏡はそれ以上奥へは進まない。つまり肉塊が通せん坊のように立ちはだかっているのだ。それほど大きい肉塊。

左側臥位(ひだりそくがい)で膝を抱え込んだ姿勢をとらされていた君に、「多少上向きに姿勢を変えてください」という検査医からの指示があり、体を右へひねると、視野が右側に開け、そのどんつきの右端に、ゴム手袋をはめながら、「どら貸してみろ、俺がやってみる」という人物の仕草が映った。検査医の上司であろうか。

しかし選手交代の結果は同じであった。通せん坊は頑として道を譲らない。諦めたのであろう、その人物はゴム手袋を脱いで腕組みをし、大型ディスプレイを見ながら小首を傾けた。