第二章 回り道のふしぎ

しかし、子どもにとっては、まったく新しい発見である。こうして自分で気づくことを繰り返すことによって、子どもたちは成長していくのだ。こんな姿を見ることが、幼児教育の現場での一番の楽しみである。

この日は、もう一つおもしろい光景を目にしていた。子どもたちが遊んでいる園庭の近くに、丸い形のホールがある。その軒下に、しばらく前からスズメが巣を作っていた。せっせと枯れ草をくわえて運んでくるのだが、巣のなかに草を入れたあと、スズメが巣から飛び立つと、それを追うように、草がふわりと巣の外に出てくるのだ。

二羽のスズメが何度も何度も同じことを繰り返すのだが、やはり草が追いかけるようにして、あとから出てくる。地面には、枯れ草がたくさん落ちていた。スズメは首をかしげながら、さらに何回か同じ行動をとったあと、どこかへ飛んでいってしまった。とにかく巣作りが下手なのだ。子どもたちが手伝ってあげたら、いい巣ができあがるかもしれない、と思いながら眺めていた。

このスズメたちも、いろいろ回り道の経験をしながら、一人前のスズメに育っていくのだろうか。

 

さんぽ①──木の皿

私が毎日食卓で使っている皿は、十年前に飛驒高山(ひだたかやま)で求めた木の皿だ。木工製品を中心に扱う土産物店の店先に、無造作に置かれていた籠のなかで見つけたものである。形も大きさもさまざまで、木の種類も雑多だった。

そのため、色もそれぞれに違っていた。ただ、ワンコインで売られているというのが、一つだけ統一されていた点だった。皿の裏にはラベルが貼ってあり、手書きで樹齢と木の種類が記されていた。

私が求めた皿には、「312年うと   コメツガ」と記してあった。木の種類にはまったく疎い私は、コメツガがどんな木なのかわからなかったが、312年という年数のすごさだけは理解できた。買い求めたときからさかのぼっただけでも一七〇〇年となり、江戸時代の元禄年間に相当した。木を伐採してから加工するまでには、乾燥させるための年月が必要だ。

どう考えても、江戸時代前半に芽吹いた木が成長し、その一部分が皿に加工されたものだと考えるしかなかった。いまそれが、私の日常の食卓に置いてある。私の体を、いのちを支えてくれる食物をのせる道具として、私の目の前にある。なんともふしぎな気がする。

この皿との出会いもまた、ふしぎな感覚だった。