一歩

店に出てみると、美智子の植物を見る目は確かだった。鉢物は葉の色ばかりでなく根の具合や土の色で良し悪しを見分けた。観葉植物の配置がうまく、店の中がすっきりした。

花屋の店の奥に蔓の束が積んであった。以前、生け花教室を開いたときに使ったものだそうだ。美智子はそれを一束水に浸け、翌日仕分けが済んでから篭を編み始めた。芯を八本組み、柔らかくなった蔓を編み込んでゆく。

田舎にいたころ、山から蔓を取ってきて、長老格のトシさんに教わりながらみんなで編んだ。たくさん編んで、民芸品として売りたいと誰かが言い出した。

峠のお蕎麦屋さんの店に置いてもらったらどうだろう。自分たちで店を持ちたい、草木染のスカーフとか、木の実入りのクッキーを篭に詰めるの。資金が貯まったらペンションを経営したい。美味しいコーヒーが名物なんて、話がだんだん大きくなってみんなの笑顔が輝いた。

トシさんがポツリと言った。

「そうやってとんでもねえこと考えて、村に居られなくなったもんがおるよ」

篭を編むのはしばらくぶりだったが、美智子の手は覚えていた。手を動かしていると田舎でのさまざまなことが思い浮かんできた。

不揃いな形が野趣に富んでいて面白いともいえる。編み上がった篭に紫のビオラと小型の水仙の鉢を入れて、表の棚の隅に載せた。ちょっといたずらっぽい気持ちだった。

翌日店に出ると篭がなくなっていた。美智子は、店長が邪魔だから片付けたのだと思った。余計なことをしたかな……見回しても店の中にも篭はない。店長は市場からの荷を下ろすとそのまま車で出かけていった。

仕事中に遊んだことになるかもしれない。美智子はまた引っ込み思案な性格に陥りそうだった。仕入れの花を捌いていると、遅番の有美が出勤してきた。

「昨日、美智子さんが編んだ篭、売れたのよ」

美智子はとっさに何のことかと思った。説明によると、夕方いつも切り花を買いに来るお年寄りが、この篭はおいくらですかとたずねた。

居合わせた店長が、篭ですかと聞くと、鉢も一緒にと言った。

店長は即座に、

「千五百円です」

と答えた。有美はたまげたなあと笑う。