「伊集の花の琉歌、知っていますか?」

「琉歌ですか? 沖縄の昔の歌のことですよね。少しだけ耳にしたことはありますけど、詳しくは知らないです。よかったら、教えてください」

「僕もそんなに詳しくは知らないですが、本州には、五七五七七で詠む短歌がありますよね。ここ沖縄には、それが、八八八六で詠むんです。それが琉歌です。その琉歌の中に、伊集の花の歌があるんです」と、誉さんは、その琉歌を教えてくれた。

『伊集の木の花や あらんきよらさ咲きゆり わぬも伊集のごと 真白(マシラ)咲きかな』

「意味は、『あんなにきれいに咲いている伊集の花のように、私も真っ白く美しく咲きたい』って、ことだそうです」

誉さんは、本当にこの香りの花が好きなんだなと思った。今度、母に一生分の香水をおねだりしようと思う。──冗談だ。でも、この香水のおかげで、誉さんと巡り会えた。大切にしなくては。「ありがとう、お母さん」心の中で、呟いていた。

そんなことを考えていたら、ふいに、誉さんが驚くべき話を切り出した。

「実は、前に会ったことあるんです。由紀さんに」

「え?」突然のことに、私の頭の中で、二つのストーリーが同時進行で流れてきた。

[ストーリー1] これはロマンチックなやつ。

誉さんは、伊集の花が好きで、庭で毎日その花を愛でている。それはもう、花に話しかけちゃうくらいに。そこにたまたま、私が誉さんの大好きな花の香りの香水を着けていたので、私のことを毎日愛でている花から出てきた妖精と間違えていて、「前に、会ったことあるよね? 妖精ちゃん」なんて……。

[ストーリー2] これは、ロマンチックではないやつ。

実は、誉さんはストーカーで、私が高校生のときから、ずっと、そう、ずっと。私を電信柱の陰から変な目で見ていて、私のガードが外れる瞬間を狙っていた。そして、今がそのときだと思い、「前から、ずっと君のことを知っていたんだ」と、ニヤニヤした表情で言ってきた。

二つの妄想を振り払い、私は、ロマンチックな展開の方を願いながら、もう一度、

「え? どう……いう……こと……ですか?」恐る恐る、訊いてみた。

「実は、高校のとき……」と、誉さんの話が始まった。その瞬間、私の頭の中は、大パニック! やばい! そっちか! そっちの方なのか! 私の恋は、一瞬で終わりか。終わってしまうのか?

バスの中、二人掛けのシート。私は体をずりずりと、誉さんとは反対側に動かした。これは、防衛反応だ。

「あれ、狭い?」と誉さん。狭いのではなく、恐いのだ。でも、

「高校のときに、何ですか?」恐さより、知りたいという知的好奇心が勝った。

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