【前回の記事を読む】獄死した女性の手記に「不自然さ」関東大震災後の日本社会の姿とは

第一章 過去の足跡 先人の努力を見る

『青べか物語』山本周五郎 新潮社 一九六四年

大正末期の社会、貧困、刹那主義、それでも生きる

三十年後、作者がそこへ訪れた時、当時まだ小学生だった「長」と再会した。しかし、彼は当時のことは何も覚えていなかった。作者は多少落胆するが、当時はみんな日々精一杯生きていて思い出に浸るような余裕はなかったのかも知れない。

終わりに近い章で作者は言う。「苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である」。これは作者の愛読書であるストリンドベリ(一八四九年〜一九一二年スウェーデンの劇作家・小説家、小説『赤い部屋』『痴人の告白』などの作品あり)の『青巻』という本の中にある記述とのこと。

作者はここで、自分が浦粕町へ来たのは自分の絶望や失意からであったことをうち明けている。はたして作者はこのストリンドベリの言葉のような浦粕の人々の生活にふれて絶望や失意から立ち直れたのであろうか?

さて、余談ではあるが、なぜ私がこの小説を読もうと思ったのか、それは、わが敬愛する小説家、小川洋子さんが毎週日曜日、東京エフエム系のラジオ番組「パナソニックメロディアス ライブラリー」で本作品の書評を話していたからだ。

また、そこでの放送内容は『みんなの図書室2』(小川洋子著、PHP文芸文庫、2012年)に掲載されている。放送自体はなかなか毎週聞くことはできないのだが、文庫にして出版してくれたため彼女の書評を楽しむことができるようになった(もちろんエフエム放送で生の声を聞く方がいいに決まっているが)。

書評を読み、もしくは放送を聞き、興味が湧いた作品を読んでいる。この番組はなかなか雰囲気が良く、小川洋子さんの丁寧な語りで、その作品の鑑賞のポイントも教えてくれるのでオススメである。