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リセット

腰痛、肩こり、リーダーとしての責任、寝不足、理不尽ないじめ、リハビリの回数がすくないという利用者からの苦情、半端ではない仕事量……もはや僕の体は悲鳴をあげていた。

そのような状態が一年続いたあと、新たに若い女性の理学療法士が入ってきたが、ここで決定的なことが起こった。年に一度ある、県の監査の当日、事務長が僕をリハビリ室からはずしたのだ。監査の対象となる三百以上の書類はすべて僕と救援スタッフの手によって書かれたものだった。だが、事務長は常勤の僕に必要以上の仕事をさせていたことが監査員に漏れるのを危惧し、事情を知らない新人にその場を任せたのである。

こんな上司のために身を粉にして働いていたのかと、ひどくがっかりした。ここにきて、ようやく僕は悟ったのだ。このまま使い潰されるよりも、ほかの職場へ移ったほうが賢明だということを。

すぐに辞表を提出した。事務長からは残るように引きとめられたが、僕はこれまでしてきたことを捨てることにした。正式な退職が決まったときは手のひらを返され、「もう用はない」と言われた。

仕事を辞めた僕は、鏡を見て驚いた。左右の剃りこみ部分の髪がさらに後退していたのだ。

――これまでの人生でいろんなものを失ってきたけれど、なんで髪まで。

暗然とした思いだった。皮肉にも努力の果てに待っていたのが脱毛なのか。あれほど職場のために頑張ってきたのに、僕には何ひとつ残っていなかった。目の前の明かりがフッと消えてしまったようだった。