奥会津の人魚姫

(2)

「で、汐里ちゃんはその後どうなったんだ……?」

すると、緩んだ表情を再びこわばらせて、千景は小さく首を振った。

「結局、悪いのはすべて俺なんだ。その後、あの心優しい汐里が戻ってくることは二度となかった。中学は地元の長山中学校だったが、めぶき屋の手伝いをする傍ら、きちんと受験勉強に取り組んでいた乙音とは対称的に、汐里はめぶき屋の手伝いどころか、家事も一切やらずに毎日ゲームや漫画やネットなど好きなこと三昧。

勉強をしないため成績もガタ落ちで、結果、乙音が会津若松市の進学校に入ったのに対し、汐里は同じ若松市内でも数ランク下の高校に入ることになった。もっとも進学校に入った乙音も、めぶき屋を継ぐ道を選択して進学を諦めたから、結局二人の学校の違いにあまり意味はなかったのかもしれないが。

長山町から会津若松市の高校に進学する学生は、若松市内に下宿する場合がほとんどだったから、俺から逃れたい一心の汐里は当然のように若松にアパートを借りることを希望した。逆に乙音はめぶき屋の手伝いがしたいと言って、只見線での通学を選択してくれた。

本数が少ないため朝5時という早い便で若松に行き、友だちと遊ぶこともなく放課後また長い時間列車に揺られて帰ってきてはめぶき屋を手伝ってくれた乙音には、正直頭の下がる思いだったが、それに対して汐里は、下宿にガラの悪い子たちを引き入れて、毎日のようにゲームや他の遊びに興じていたらしい。もっとも俺が下宿に行くのを拒絶していた汐里の動向は、たまにその下宿を訪れていた乙音からもたらされた話がほぼすべてだったが。

献身的に俺に尽くす一方で、汐里のことも気に掛けていた乙音の話から察するに、フィールドが長山町から会津若松市という小都市に移ったことで、俺の目も気にならなくなり、汐里ははめを外しやすくなって行動もエスカレートしたのだと思う。そんな汐里の自堕落な生活ぶりを乙音から聞くにつけ、汐里は俺や乙音とは違う世界に住む、何か得体のしれない生き物のように俺には感じられた」

千景はそこまで話すと、少し疲れたのか目を閉じて何度か大きく息を吸い込んだ。そして鍛冶内の

「大丈夫か?」

という問いかけを、手のひらで制した。

「そんな相変わらず気まずい関係の俺と汐里だったが、高校を出た汐里が柳瀬町の印刷会社への就職が決まった記念のお祝いにと、俺は中古ながら軽自動車を汐里にプレゼントすることにした。今、乙音が乗っているオレンジ色のやつがそうだ。会津若松市のアパートを引き払い、めぶき屋に戻った汐里が柳瀬町に通うのには車は必要不可欠だと思われたからだ。」