【前回の記事を読む】【小説】「どんなポストも味方につけて歩かなければならない」

鶸色のすみか

チュルリリーと庭木の梢に鳥のさえずりが響き渡る。このまちの鳥は本当に美しく鳴く。陽の光をそれぞれ異なった濃度で透過させた葉が重なり合い、キラキラと揺らめいている。鳥は細い枝の上で小さな体を揺らしながら、動く光を見つめているのか、じっとして動かない。

気を取られながら角を曲がるとふいに気配が変わった。塀の上から黄色に染まった木が覆いかぶさってきた。驚いて身をかわす。しなった枝という枝に、黄色い花がみっちりとついている。それはもう黄色そのものだ。

ミモザは、黄色の絵の具をぶちまけたようにある日突然、開花する。春の嵐に揺られ花粉の重みに耐えながら、いつも不意打ちのように唐突に春を告げる。ああ、春がやってきたのだと蠱惑(こわく)的に人々を魅了する。けれど肌が本当に喜ぶ春はまだ先。惑わされて油断し、寒の戻りに震えることになるのだから。月子はミモザのあざとさに毎年してやられている気がする。

ウォーキングしながらポスティング。軽快な響きだが、要は広告チラシの配布要員。新聞を取らない世帯が増えてきたことから、ポスティング請負会社は、エリアマーケティングのニッチなビジネスとして成り立っているようだ。

月子のマンションの集合ポストにも毎日何らかのチラシが入っている。この孤独な反復作業に従事する人間が存外に多いことも、自分が実際携わってみてわかった。人影の少ないこの住宅地でも、たまに同業者に出くわすことがある。次の家のポストへと歩幅を大きくして向かっていると、反対側から同じ家のポストを目指してやってくるのは、集客チラシを配る会社員や飲食店のバイトだ。散歩のような感覚でのんびりと配っているのですぐわかる。

こちらは呼吸が乱されてリズムが狂う。化粧品工場のラインの仕事を数ヶ月だけやったことがあったけれど、ベルが鳴るまで反復作業はやめられない、止まらない。

ポスティングも同じだ。一旦、配布を始めると、脇目も振らず次のポストへと向い、歩調と呼吸を合わせて広告紙を一部だけ刺し抜いて右手に持ち替え、ポストの前でピタリと歩数を合わせて投函する。入れたと同時に踵を返して、また同じリズムで脇目もふらず次に向かう。手元の広告紙がなくなるまで行うのが肝要だ。極力、無駄な足運びはしない。手持ちのチラシがなくなるまで反復作業は止まらない。