しばらくして、あの時の雄太はパパの代わりだったかなと。パパがママじゃできないから、代わりにやってくれって、雄太に頼んだんじゃないかなんて思えて仕方がなかった。あの時の雄太には助けられたと思っていますし、頼もしくも思えた。ありがとう、本当にありがとう。

将太は泣いていた。声を詰まらせ、ママも泣いていた。でも、雄太は泣いていなかった。パパを救急車が病院へ運ぶ、ママと将太が付き添う、姪も後から駆け付ける。雄太が高崎から駆け付ける。皆、茫然と立ち尽くす。そこから、雄太はママの前で一回も泣かずに葬儀までやり通す。

あの時はそのまま見過ごしていたけれど、ずっと気になっていた。今も気になっている。どうして泣かなかったの。泣き虫だったよね。どこで、泣いていたの。それとも、涙が出なかったですか。急なことで何が何だか分からなかったとは思うけれど、泣かない雄太がずっと気がかりでした。

雄太がいなかった日々の家の様子、出来事、色々話さないと伝わらないことがたくさんあって、簡単には埋まらない時間が壁になってのしかかる。詳しく話さなくても伝わる空気感みたいなものはあるとしても、将太とママと同じ感覚を持つのは難しいのかもね。

あの日のパパとの出来事はママと将太にとって、重い足かせになって、何をするにも考えるにも苦しませる。ママはしょうがない。でも将太の足かせは外してやりたいと、いつも思っている。この将太の足かせを緩めたり外したりできるのは雄太しかいないと、思っています。どうしてかって……それはね、雄太は将太をずっと守ってきたから、雄太にしかできないことです。

雄太が迷い苦しんでいる時、パパやママは同じように苦しんでいたんだよ。一人暮らしが始まってから雄太はどんどん遠くになってしまい、見えないことの楽と見えないことでの不安が入り混じって苦しかった。パパはそんなママを見てるのが辛くて仕方がないようで逆切れしてイライラしていた時もありましたね。

雄太に期待してなかったわけではないですが、自分たちの子供ですから無謀な期待はなかったんですよ。雄太の中には親の期待に応えたいという思いが強かったように感じますが、雄太の実はいい加減で、だらしがないことには気付いていましたよ。

頑張って良い子にしていたと思いますが思い通りに行かないイライラや、ママにつくちょっとした嘘、全部とはいかないけれど、ある程度は感じて黙っていました。卒業が危ないほど単位が足りてないというのは想定外でしたけどね。でも、それを乗り切ったのも雄太の力があったからですよ。とにもかくにも、卒業できたことは何よりも良かったと思います。

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