「どこが?」

「社長室でも、食堂でも、何か、焦ってるって感じ、何か隠そうとしてるって感じ、しなかった?」

「一生懸命、説明してくれてるって思ったけど」

「ふうーん。やっぱり、お兄ちゃんは駄目ね」

「また、何か見えたのか」

「そうじゃないけど……」

「でも、パパはすごい会社で働いてるんだね。改めて尊敬しちゃったよ」

「私も。パパも偉くなって、吉川さんみたいになれたらいいわよね」

「そう、あんな社長室に入れるようになったらいいよな。そしたら、優勝トロフィー、いつでも見られるもんな」

「やっぱりお兄ちゃんは、サッカーしか頭にないのね。お部屋の素敵さとか、みんなからお辞儀されてるってとこには感動はないのね」とあきれ顔で大人の感想を漏らす真理であった。

そしてさらに、「でも、社長室にあった写真、おじいちゃんに似てなかった?」

「おじいちゃんなわけないじゃないか。それより、パパもあそこに写真飾られるようになったら、かっこいいよな」と、妹はどこまでも勘が鋭く、それとは対照的に、どこまでも能天気な兄ではあった。

その日、吉川が自宅に帰り、妻に今日の出来事を話して、本当に疲れたよ、と愚痴をこぼした。妻は食事を作りながら、「社長は、どうして、お子さんにまで、社長であることを知られないようにしてるのかしら」と素朴な質問を口にした。

「そうなんだよ。社長は、子供たちが人に自慢したり、特にうちの社員に偉そうにしたりしないように気を遣ったというようなことを言ってたけど、そんなの、その時に叱ればいいだけだしなあ。まあ、社長にそう言われたから従ってただけだけど、本当に何でだろう」

「ひょっとして、他の女性の子供とかじゃあないの」

「えっ、まさか。うーん、でもそうかもしれんな。確かに。そういえば、何となく社長に顔が似てたし。あっ、どっちにしても社長の子供っていうんだから、似てて当たり前か」

「社長って、今でも結構イケメンじゃない。若い時にも随分、ぶいぶい言わせてたっていうから、充分にあり得るんじゃないの」

「でも、名前が獅子谷って言ってたから、やっぱり本当のお子さんだろう。他の女性の子供なら、苗字は違うはずだし」

「そんなの、子供たちに、会社に来るんなら、『吉川には、子供って言ってあるから、獅子谷って名乗るように』って言い聞かせてたかもしれないじゃない」

「そこまで言うかな。でも、そうだったとしても、そんなこと絶対に聞けんしな」

「社長のお子さんの写真とか見たことないの」

「あ、そういえば、社長の机の上にお子さんの写真はあった」

「それでどうだったの」

「それが、ちょっと見ただけだし、ずいぶんと小さい時の写真だったから分からないよ。でも、とにかく、よく分からないから、もし週刊誌とか来たら、気をつけないとな」

「それより、奥様にも話せないかもしれないから、奥様と話す時は気をつけてね。うちだけの秘密ね。今度お会いしたら、つい、笑ってしまいそうだわ」

「週刊誌にも、社長の奥様にも、絶対に気づかれないように、ということだな」

と、知らないうちに、英介はスキャンダルにまみれた、「遊び人社長」の汚名を着せられることとなった。