しかしながら、さすがのおばちゃんも病魔には勝てず肺に大きな疾患を患って医者に手術か薬事療法か選択を迫られる事態が発生した。

医者は高齢であることから、長時間の大手術に体が耐えられないとして手術をためらっていた。しかし、当の本人はこのままでは逆に店が危ないとして医者にバッサリとやってくれと手術に踏み切った。常連客の多くはもう駄目であろうと観念していたようであったが手術後一週間も経たないうちにいつもの通り店台に座っているのを見て驚いた。

それを聞きつけた取材陣からは恰好の取材テーマができたと喜ばれ、アポ取りの電話がひっきりなしに掛かるようになった。それに怒り出したのは次の店のオーナーを任されている息子のヒロちゃんであった。

仲居スタッフの一人であるヒロちゃんは忙しい手を休めて頻繁に鳴る電話に出なければならない。どうやら生き返ったおばちゃんを取材させてくれと言われているようで、「かみさん断るよ!」と怒鳴る。

しかしおばちゃんは店の宣伝になって繁盛するから良いではないかと譲らない。大声でいつもの喧嘩が始まる。

店を守ろうとするおばちゃんの気持もわかるが、ヒロちゃんはいくら何でも母親をゾンビにしてまでマスコミのさらし者にしたくないと主張しているのだ。

私は忙しいヒロちゃんのため否、私の止まり木の角に電話が置いてあり、うるさいので電話を取り次いでいるだけのことであったが結局は、「おばちゃん、ヒロちゃんの気持もわかるよ」と諭して喧嘩の調停役に回ることがしばしばであった。

確かに取材となればその準備にかなりの時間を割く必要がありまた、撮影の間常連客であっても断って店を閉じなければならない。当然売り上げが上がらないのでヒロちゃんの言い分も理解ができる。

結局、おばちゃんの言う通りとなってしまうのが殆どであったが取材の撮影の度にスタッフに対し、一人だけ一番隅に客がいるが声も出さずただ静かに飲む客だからとして私のために何度許可を取ってくれたことか。

おばちゃんのその気持ちが嬉しかった。