純太は直ぐにそら美を巻いていたバスタオルが生暖かく濡れてきたのに気が付いた。そら美がオシッコを大量に出したのだ。

純太はそれを言えずにいた。純太の事を「汚い」って言われるか、そら美の事を「汚い」って言われるか。どっちにしても嫌だった。純太はそっとそのまま篭に戻した。そら美を抱いた腕にオシッコで濡れたバスタオルの湿った感触が残った。

母親の美由紀が仕事帰りに学童に寄って妹の優里亜を連れて帰宅した。優里亜はランドセルを置くなりそら美の様子を見にきた。優里亜が触ろうとしたから純太は思わず大声で「だめだよ」と言った。

「ママー」

優里亜は不満を声に込めて美由紀を呼んだ。優里亜はお兄ちゃんを叱ってくれると思っていたのに美由紀はそうはしなかった。美由紀はそら美を覗き込んでいる子らの上からそら美の様子を窺って、子どもたちの間を割って入って、そら美の体に触れた。

「残念だけど、そら美ちゃん、死んじゃった」と言った。

「えー、うっそー。ヤダー」

優里亜は直ぐに泣き出した。思いがけない家庭の出来事に出会ったようで、聡は居心地が悪そうだった。

純太はそんなに動物好きじゃなかったし、そら美の事そんなに可愛がっていた訳でもない。飼い主の一員だったとしても、純太は聡と概ね気持ちは同じだった。

美由紀はそら美を新しいタオルにくるみ直した。そら美のオシッコで汚れたタオルをゴミ袋に入れるように純太に指示した。純太はオシッコでぐっしょり濡れたバスタオルをゴミ袋に入れた。そら美の死を悲しんで泣いていたのは優里亜と美由紀だった。純太も悲しかったが、涙は出なかった。

次の日、練習の成果は晴れの舞台である教室の黒板前で発揮された。純太は少し緊張したが破れかぶれになって、尻をくねくねさせ、無我夢中だった。意外とそれが面白いと受けた。それから毎日昼休みに飽きもせず繰り広げて喝采を浴びた。聡と純太のでこぼこコンビは本物のお笑い芸人のような人気を得た。

だが、夏が終わる頃、聡と純太の「本能寺の変」の出し物は受けなくなった。

同じクラスの吉田君が一言「ぜーんぜん、面白くない」と言ったせいもある。

聡はそれにもめげず学年末のお別れ会に向けて新しいお笑いの練習を始めた。その相手はもう純太ではない。

その頃には、あんなに泣いて、そら美の死を悲しんでいた優里亜が次は犬が飼いたいと言い出していた。