「なるほど尾道は坂の街、文学の街として有名ですね。ロープウェイからの眼下に臨む街並みと、尾道水道の眺めは絵になりますね。石畳の坂やお寺の光景、映画も多く撮られていますね。何でしたかね? 男女が石段から転げ落ちて、入れ替わってしまうという映画」

Sは再び隣の男性に視線をやった。

「確か題名は『転校生』だったと思います」

今度は自信ありげに落ち着いて答えた。背を伸ばして真っ直ぐSを見つめている。

「そうそう、そうでしたね。私もそのロープウェイで登ったことがありますが、公園の桜がきれいでしたねえ。名所でもあるのですね」

「尾道でロケした映画は、他にもたくさんありますね」

Sの喋りを遮って隣の男性が言った。Sの目がまた光った。

「ほう、映画に詳しいのですね。どんな?」

「不思議な能力を持った少女を主人公とした『時をかける少女』や、他にえーっと、ある少年がピアノを弾いている少女に恋をして、えーっと何だっけなあ題名は? えーっと」

彼はまたしても慌てた仕草で目を瞬かせた。

「もう結構です」

Sが目尻を一層下げ、顎を少しだけ上げて冷たく言った。そして続けた。

「倉敷も有名な美観地区があり、多くの人で賑わっていますね。大原美術館、アイビースクエアなど。でもあそこも水島地区に工業地帯があって、福山と似ていますよねえ。

児島地区には最近人気のジーンズショップがたくさんあり、テレビなどに紹介されていますね。そういえばこの福山市も繊維業が盛んですよね。似ているじゃあないですか、この両市は。人口はどちらが多いのでしょうかね?」

ちらっと隣に目をやった。

「知りません」

今度は即座に答えた。まるで開き直った態度だ。ディレクターといえど、そんなことは知らないだろうと幸太は思った。

人口は倉敷市の方がわずかだが多い。だがそれは行政に携わっているから知っているのだ。Sはからかっているのか、それともこのふたりのやり取りが視聴者のための演出なのか、幸太にはわからない。