三月下旬の寒い日のことである。数日後、寿退社となった戸崎が退職前に有給休暇を約一週間欲しいと申し出た。

「結婚のための準備もあるので」

「年度末で事務の仕事も忙しいのに……しょうがないわね。それまではキチンと仕事をして下さいね」

「はい」

「今までよく頑張ってくれたわね。私は貴女がいて助かりました。次の事務員が来るまで今までの事務の資料やノートは私が預かりますので全部残しておいて下さいね」

戸崎が早く事務仕事から手を引いてくれて良かったと思っている。

「はい、そうします」

その資料やノートをもとに、国田は新事務員が来るまで自分が雑収入の金銭管理をすることにした。

翌日、四人の看護教員に対して三月下旬からは一般事務は全員で協力しましょうと告げた。さらに、当分の間、金銭管理は私がしますので、その都度、私にお金を届けて下さいと言った。

他の教員に意見を求めることもせず、有無を言わせず、命令口調で言った。他の教員は教員としての経験も浅く、教務主任の資格もなければその器ではないことを国田は熟知しており、このようなことを言っても何の抵抗もないことを知っていた。

このようにして、国田は着任一年後にして公金管理を手中にしたのである。国田は平成元年三月の学期末は誠に多忙であった。

学校内では精力的に働いていたにもかかわらず、疲労を感じることはなかった。時々、ストレス解消のためにと気晴らしに趣味のパチンコに通っていた。

尾因市以外の地域では学生に見られることはないので、岡山市や倉敷市のパチンコ屋に行くことが多かった。

四月一日より新事務員が勤務することになっているので、国田は三月下旬に電話で呼び出して、学生相談室で事務の仕事に対しての指導、教育をすることにした。

国田は事前に新事務員の履歴書に目を通しており、添付されている成績証明書を見て、クラスで中の上の部類に入っているかもしれないと思った。

しかし、文字通り優秀な生徒はこちらの募集前に銀行や証券会社、一流企業などにすでに就職が内定しており、この事務員はやはり中のレベルかなと推察していた。

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