「ご苦労さん。二人とも、よく頑張ったよ」

救急活動の引継ぎを行った菅平が救急車に戻ってきた。いつものように、感染防止衣のポケットから缶コーヒーを取り出し、舞子と水上に渡す。救急車内で心拍が再開した傷病者は、じきに意識も戻るだろうと医師から伝えられていた。

「やっぱり、訓練で頑張ったからこそ、現場で実践できるんですね」

舞子の問いかけに、菅平が語りだした。

「そう。訓練でできないことは、現場でもできないと、私は思っている。いくら忙しいからと言って、訓練を疎かにしていいという理由にはならない。……消防学校の救急実習室の黒板には、なんて書いてあったか覚えているか?」

「全ては、傷病者のために……」

今度は水上が答えた。

「そうだ。仕事に疲れた、忙しいというのは、私たちの都合だ。救急隊を待っている傷病者にとっては、命がけの、一生に一度のことかもしれないんだ。だから、忙しくても、大変でも、道に迷いそうなときは『全ては傷病者のために』……その原点に戻るんだ」

消防学校の救急実習室の黒板に大きく書かれている『全ては傷病者のために』というスローガンを思い出した。救急救命士の草創期を築いてきた先人の言葉が、時代を超えて救急隊員に受け継がれている。

「全ては、傷病者のために、ですね」

舞子も復唱した。

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