「今このようなところにいますが、あと何分でお宅のホテルに着きますか?」と聞きますと、すぐに「約三十分ぐらいですねえ」と言われ、さらに「お車ですね?」と聞かれ、「いや、自転車です」と答えると、「それは大変です。そこからだとうちのホテルまでの途中にすごい峠があります。自転車ならものすごい時間がかかると思いますよ」と言われました。

でも今更行程を変更するわけにもいかず、ホテルに向かって行くより仕方ありません。そのすごい峠を自転車を押して歩いているうちに、時刻は夜の九時を過ぎ、もう辺りは真っ暗です。山道で街灯もありません。車も通りません。気持ちは不安と心細さ、そして身体もくたくたで限界も超えていましたが、ホテルを目指しました。

誠を励ましながらホテルに着いたのは十時でした。ホテルの灯りが見えた時のほっとした、嬉しかった気持ちを今も覚えています。遅くまで特別に待って用意して下さっていた夕食のおいしかったこと、お風呂の気持ち良かったことも忘れることができません。

また、自転車で山道の参道を上っていた時のことで、もう一つ決して忘れられない印象的な出来事がありました。何番目の札所だったか、高い山の上にあるお寺を目指して、自転車を押して上っていたのですが、変化に乏しい、同じような景色が何回も何回も現れて気分的にもすっかり参っていた時のことです。

急に私の押す自転車が軽くなったのです。「おやっ?」と思い、後ろを振り向くと、なんと誠が片手で自分の自転車を押しながら、もう一方の手で私の自転車を押しているではありませんか。私の「ハアハア」という荒い息遣いを見かねて、押してくれたのでしょう。びっくりしました。

「大丈夫や」と言い、眼下に広がる雄大な山並みを見下ろす晴れ晴れとした景色のいいところで二人で休憩を取りました。自分も相当疲れているはずなのになんとやさしい心根の子やなあ、とすっかりたくましくなった息子の横顔を見ながら感激したことは、一生忘れることができません。素晴らしい体験を与えられました。これも息子と二人で行く四国八十八カ寺巡礼の大きなご利益であり、ご褒美ではなかったかと思っています。