ただ、そんな仕事熱心で真面目な彼女であったが、今の現状に不満が全くないわけではなかった。その不満とは、やはり『出会い』に恵まれない! ということであった。

この問題は彼女にとっては、不満というよりむしろ長年の疑問でもあった。何故、自分は良い出会いに恵まれないのだろうか⁉と……。もちろん、彼女の周りにも異性はいる。研究室の仲間は真面目だし、非常に有能ではあったが、彼女にとっては『絶望』しか与えなかった。

「ネェなんで? なんで? 絶対オカシイよ! なんで、私には良い出会いがないのかなぁ? 世間の人たちって、いったい、どうやって良い相手を見つけてるのかなぁ? それとも私の前世の業が深いとか、誰かにイケメンと出会わないように呪われてるとか……」

京子は手に乗せた実験用のマウスに、ひとり不満を漏らしていた。

「特に、イケメン狙いってわけでもないんだけどなぁ……」

「なんだ、京子君まだいたのか。もう、みんなとっくに帰ったぞ。君も用がないなら早く帰りなさい」

いつからそこにいたのか、彼女の背後に服部教授がいた。

「服部教授? はっ、はい! これ片づけたらすぐ帰ります!」

京子は、一瞬固まった。それまでの独り言を、教授に聞かれていたかと思うと、ちょっとゾッとした。実験用のマウスを元に戻すと、彼女は小走りにその部屋を後にした。

外は、完全に暗くなっていた。大学の建物や鬱蒼とした樹々が、闇夜に一層黒く迫って来るようであった。

 建物の外には、冷たい風が吹き、ときおり枯れ葉を巻き上げたりしていた。ブーツにダッフルコートにマフラーそして、マスクの完全武装の彼女であったが、寒さは身に染みた。やはり冬真っ只中である。

彼女は身を強張らせながら、ひとり薄暗い街灯が並ぶ通りを、徒歩で最寄りの駅へ向かった。こうして今日も、彼女のリケジョとしての一日が終わった。

電車を待つ少しの間、彼女はチラリと辺りを見渡した。駅のホームから眺める景色は、彼女にとってはいつもの景色だった。頻繫に行き交う電車。足早に家路を急ぐ人波、スマホをいじる人、なにやら会話をする人たち。

すぐに電車はやってきた。車内は暖房が効いていて暖かかった。彼女は、少しホッとした。そして、今度は車内をさり気なく見渡した。7割ほどの乗客。眠る人、本を読む人、音楽を聴く人、そして扉の脇に立ち、外の景色をただ見つめる彼女がいた。

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