ほんとに成ったたとえ話

暇な一日が終わろうとしている。年金を貰うまで、まだ五年近くも有る。それだって老後、生活していくにはたいした金額では無い。だが、どこかに就職しようという気は毛頭無い。しかし次の失業保険認定日までに、二度ほど就職活動をしなければ手当が貰えない。明日はハローワークへでも行って、パソコンで検索して、窓口で相談でもしようか。まあ紹介されても、面接に行ったが私には合わない、とでも言えば良い。兎も角、時間を潰すのも難しい。夕食を終え風呂にでも入ろうかと思った時、美香チャンから電話が来た。

「幸チャン、大変、大変なのよ。昨日の成田さん、また来てるの。刑事さんも来たわ。早く来て」

刑事も来た、その言葉に驚きとともに、何故か体がうずくのを感じた。家を飛び出た。早足だった。電車を待つわずかな時間さえイライラした。だが不思議とイレンダの在るビルに入った時、冷静に成った。そして地下への階段を降り、ドアを開けた瞬間、探偵に成った。

「あっ、来た来た」

「探偵さん、助けてください。妻が殺されて、私に疑いが掛かっているみたいなんですよ」

「そうなのよ。さっき刑事さんが来て、アリバイを確認していったわ。でもほら、昨日幸チャンに成田さん電話したでしょ。それを確認したら、十五分じゃあちょっと無理か、そう言って帰って行ったわ」

「それで、奥さんはどこでどうやって殺されたんですか」

「新橋の、妻が働いている店の裏で、誰かに刺されて殺されたそうです。その時間が二十時三十分だそうです。アリバイを聞かれたから、スマホの発信記録を見せました。この人とイレンダって店で番号を交換したって。ほら、二十時十五分に成ってるでしょ。これを確かめに来たんですよ」

私も思わず自分のスマホを確認した。スマホに残された時間に間違いは無い。浅草橋から新橋へは、都営浅草線一本で、十分は掛かる。そうすると、電車の待ち時間や歩く時間を入れると、ここから十五分後に奥さんを殺害する事は難しい、刑事はそう判断したわけか。だが、ふと疑問に思った。

「どうして奥さんが殺された時間が、そんなに正確に分かったんですか。誰か刺される所を見ていた人でも居たんですか」

「そう言えば、確かに。でも見ている人が居たんなら、私が疑われる事は無いですよね」

検視や司法解剖されたにしては早すぎる。ましてや死亡推定時刻には幅が出る。やはり現場に行くのが一番か。だが成田さんは容疑者だ。今現場に行くのはまずいか、そう思った時、

「依頼したいんですよ、松本探偵さんに、今回の事件を。だから刑事さんと一緒にここへ来たんです。昨日のお話には感服しました」

「あっ、だめなんですよ正式には。まだ届けを出してないから。ただお友達を助けるという事にしてください。後でこの店で、一杯奢ってくれるっていう事でどうです」

「えっ、本当にそれだけで良いんですか。良いですとも、宜しくお願いします」

「美香チャン、何か紙と書く物貰える」

「はい、これで良い」

「ありがと。これに住所と電話番号、メルアド、あっ、それに奥さんの働いていたお店の名前と浮気相手の名前、書いて貰えますか」

成田さんが書いてくれた紙を受け取り、

「じゃあ、これから奥さんが働いていたという店に、早速行ってきますから」

事件のあった次の日だ、きっと客足も遠のいて暇だろう。ゆっくり話を聞ける。店のみんなも興奮が冷めてないから、口数も多い。普段言いづらい事や、心に思っている事も話すに違いない。早い方が良い。ついでにここから何分掛かるか、計ってみる事も出来る。