ホームに滑り込んできた電車に乗り込んだ。空席があり、座るとスマホの音楽を聴きながら気持ちを分散させた。思いつめるとしんどいから窓の外を見た。いつもの風景が流れている。いつもの自分の居場所に早く収まりたかった。平凡な仕事場に。病院なんか行かなければ良かった? でも、症状が治まるかもしれないじゃないか。薬をもらったわけだし。

意味がなくて自分の頭がおかしくなってきたわけじゃない。病気なのだから。交通事故の後遺症とは気が重いが後戻りはできない、受け入れるしかないとタケルは自分を励ました。さあ、また最終の時間まで仕事だ、と気を落ち着けて教室のドアを開けた。

いつものように活気のある教室の人の声。時刻はまだ午後三時過ぎだが講師も生徒も数人ほどブースに入っていた。

「遅くなってすみません」

タケルが声をかけると、秋元さんはポカンとタケルの顔を見た。彼女は持っていた受話器を落とした。そして「嘘、何?」と言いながら首を振りブースの奥を指さした。

そこにはタケルがいた、まぎれもなく彼そのもの。なぜ、自分がそこに立っているのか。濃紺のスーツにストライプのネクタイはタケルの好みの物だった。講師の武川君と笑いながら会話している。何者だ、あいつは。タケルは気を失いそうになるのをぐっと奥歯をかみしめ耐えた。机に手を付いて頭を抱える。しゃがんで隠れた。脇に変な汗が流れる。タケルは自分が立っていることもやっとで何だ、どうしたらいい? と必死で答えを探した。

もう一人の自分の姿をした誰かがタケルの事を認知したようで、こちらを見て薄ら笑いを浮かべた。左手でネクタイを緩めるのが見えた。カウンターの隙間から笑うそいつを見た。

「くそっ、なんだ」

タケルはそいつのところへ行こうと思ったが、それでは、教室がパニックになる。するとそれを察したのか、そいつはニヤッと軽く笑いこちらへ向かってきた。秋元さんはそれを見てタケルの目の前で倒れてしまった。タケルは彼女を椅子に座らせて生徒たちに悟られないように奥へと椅子を押しやった。

タケルはそいつのネクタイを引っ張り、教室のドアの外へ突き出し、自分もそのまま外へ出た。幸い周りは授業中でこちらを見ている者はいなかった。心臓が口から出そうなくらい焦りまくっていたタケルは呻くように言葉を放った。

「お前は誰で、なぜ僕のフリをしてこんな事をしている?」

「こんなところで、揉めているとまた誰かが倒れるぜ」

 
※本記事は、2020年7月刊行の書籍『双頭の鷲は啼いたか』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。