父は自分を正当化する言い訳に終始した。

「私は神の領域を冒した、だが発表も論文にもしなかった。名誉なんかいらなかった。だからこうして何事もなかったことにして普通の家族として」

「誰が。何が家族だ。僕は人間じゃない。何物でもない」

「違う、人間だ。ちゃんと卵子から産まれてきているじゃないか」

「クローンなんて、人間じゃない。誰かのコピーじゃないか」

涙が込み上げたが泣いたら負けだ、母が亡くなった時に涙は枯れたはずだ。それ以来、武史はもう二度と泣かないと決めたし、そんな悲しい出来事もなかった。

「武史、落ちつけ。お前だから話したんだ。考えてみろ。医学者なら分かるだろう。いつかこれも認められる日が来るかもしれない。ただの実験ではない。必要なことだった。医術と科学の世界では」

「なんで、それが僕なんだ?」

答えてみろと武史は思った。

「それは……」

「僕はいったい、どこから来て、どこへ行けばいい」

武史は今までの努力や、母を亡くした時の悲しみなど苦しかった思いが胸に押し寄せてどこかへ流れていくのを感じた。虚無感が覆いつくす、どす黒い雲となって。

「そんなことはない、お母さんもお前を誰よりも愛していた。覚えているだろう。小さいときのことを」

「何も、普通の人間と変わらないと言い切れるの?」

まだ言うか? もう聞きたくない。

「そうだ、お前は俺の息子だ」

「少し時間をくれないかな。ここまで見事な嘘が自分の出生に起こっていたことは僕の理解の範疇を超えているから」

「時間がかかると思うが、お前なら理解してくれると信じている」

「よくそうなんでも都合よくいくと思えるね。あなたは自分勝手な人だ」

武史は捨て台詞を残して、まだ痛みの残る脚を引きずりながら父の病院長室を後にした。

父の告白の後、武史は一週間して個室の病室を出た。両親と住んでいた邸宅を出て小さなマンションに引っ越した。父とはそれ以降話をしなかったし、父からも何もアクションはなかった。アメリカへ行くことは延期した。行けばこの後の悲劇は防げたかもしれないのに。

それからの武史はますます仕事に邁進した。何かを忘れるかのように。ただ、仕事の後一人で夜の街に出かけては酒を飲むようになったことが、すべての、終わりの始まりだった。心に巣くう邪悪な気持ちはやがて明確な形を成した。自分以外の全うな人間に対しての怒りが抑えきれなかった。半端な母への恋慕の気持ちを塗した、歪な復讐だった。

 
※本記事は、2020年7月刊行の書籍『双頭の鷲は啼いたか』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。