タケルは夢の中で異論も反論も唱えず、彼女の背中を見ていた。無言で立ち去る薫。たったそれだけ、だが悲しみが胸をしめつけた。夜中目覚めたタケルは思った、まだ忘れられないのか。現実はもっと残酷だったじゃないかと。タケルは薫に二股かけられていたのだ。

就職で東京へ戻る他の男にいつの間にか乗り換えられた。タケルには秘密で東京出身の薫は同じく東京に就職する男と就職を決めていた。何も知らなかったのはタケルだけだった。その二人は半年ほど前から付き合っていたようだ。それをまた学食のカフェで、まるで休講のお知らせみたいに普通に告げられた自分に嫌気がさした。

薫をなじることや大声で喧嘩するのもカッコ悪い。自分は薫にとってそんな簡単な存在だったのかと衆人環視の中で刃傷沙汰なんて最低だ。タケルは顔立ちも普通よりは上で、スタイルも悪くなかった。だが、まじめだけが取り柄で薫を満足させるに足る男ではなかったようだ。

まあ、その相手が誰だったかを友人から聞いて 、その当時は大きく落胆したことを忘れはしない。まさか、同じ課程で大手証券と損保の会社に内定が取れていた不細工な男。自分は京都で就職も決まらず、バイト先の予備校の契約社員だから薫に見切りをつけられてもしょうがない。

あんな不細工な顔と一緒に寝られる薫の事が信じがたかった。あんなきれいな顔を寄せる相手があいつなのかと。あの交通事故に遭ったのはその頃だったはずだ。

四回生の一月だと母に聞いた。タケルは頭部に大きな怪我を負い、事故直近においての記憶がはっきりしないのだった。ちょうど二年前になるだろうか。タケルはバイトの帰り、夜十時過ぎにバイクではねられた。それきり薫のことなんか忘れていたと思っていた。未練などこれっぽっちもないのに。

スマホの時計は三時過ぎ、嫌な目覚めだった。どうか、もうちょっとでも睡眠が自分に与えられるようにと薄い布団を頭から被った。