母が亡くなり…

花屋で揃えた供花と線香を携えて墓に詣でた命日は最初の三年だけだった。

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悲しみが癒え、寂しさにも慣れてくると命日への義務感も薄れ、何も墓までわざわざ行く必要は無い、その日どこかで手を合わせればよいと思うようになり、数年ほど前から晴れれば墓へ詣でるよりこの岬に夕陽を眺めに来るようになった。なぜだかその方が供養にもなり母との思い出に浸れる気がしたからだった。

「ママ、どこへ行ってたの? 遅かったじゃないの」

美紀が岬の高台から店に戻ると康代が少し不満そうな顔をしてそう訊いた。康代は二人いるホステスの一人だ。もう一人のホステスの沙耶も既に出勤していた。美紀が洗い残したコーヒーカップはきれいに片づけられていた。店はすっかりスナック開店の準備が整えられ、あとは入り口に置かれている「スナック漁火」と書かれた看板に灯りを点すだけになっていた。昼間の喫茶店からスナックへの切り替えはこの看板に灯りを点せばいいのだった。

「ちょっとね、遅れて御免。片づけと準備有難とね。看板のスイッチお願いね」

岬で母の思い出に浸りながら流した涙の跡を覚られまいと少し俯き加減になりながら、美紀は二人にそう言って住まいにしている漁火の二階に上がった。厚い化粧と胸の辺りが大きく開いたスナック用の衣装に着替えるためだった。

一階のスナックになっている部屋の奥には鍵の無いドアがあり、開けると台所兼食堂になっていて二階の部屋に通じる階段があり自由に出入りができた。

二人のホステスは共に地元志摩の人間で、康代は、夫はおらず食べ盛りの二人の息子を育てている。夫は時化を無視して出た漁で船がひっくり返って亡くなっていた。昼間は小さな水産会社で工員として働き、夜は漁火に出ている。もう一人は婚期を逸した女で、昼間は康代と同じ水産会社で働き病気の親の面倒を看ていた。

美紀は、外出などの都合で自分が店を定時に開けられないときのために二人のホステスに店の鍵を渡していた。それは信頼の証であり、人を使うテクニックの一つだと死んだ母から教わっていた。尤も、貯金通帳など大事な物は常に持ち歩くバッグに収めていた。

美紀は髪をポニーテールに括り、若作りにしているが、四十歳を越えている。店ではもう少し歳を若く申告したいが、地元出身の弱みで客には同級生もいて誤魔化しようが無い。母がそうしたように年に一度の夏祭りでは、率先して世話役を引き受け地元で浮いた存在にならないように気を配っている。ホステスや客たちの相談にも気軽に乗り、ここら辺りでは少し頼りになる姉御肌の存在になっていた。以前からの常連客たちは、近頃の美紀は先代のママに似てきたと盛んに言うようになった。