エピローグ

新たな歴史の扉が、開こうとしていた。

2021年8月1日、幕張メッセ。フェンシング男子エペ団体決勝、金メダルを争うのは日本とROC(ロシアオリンピック委員会)。3人の選手が対戦相手を変えながら三巡する団体戦はどちらかが先に45点を先取するか、9ピリオドの合計得点で上回れば勝利する。

時計の針が20時を回り、間もなく五輪チャンピオンが決まる。

その権利に近づいたのは、日本だった。

9巡目、アンカーとして登場したチーム最年少の加納虹輝がROCのセルゲイ・ビダを相手にリードを重ね、44対36。史上初めて、五輪で観客のいないスタンドにはちらほらと各国関係者が集い、会場の運営スタッフやボランティアも固唾を飲んでその瞬間を見守る。

あと1点!

ピストに近い、ヘッドコーチやリザーブの選手が待機するエリアから飛び交う声に合わせたかのように「アレ!」の合図で互いの剣と剣が交わる。相手の攻撃を防ぎ、接近戦の中、加納の剣先が相手を突き、45点目は日本へ。

日本フェンシング史上初めて五輪で金メダルを手にした瞬間だった。

マスクを外し、両手を掲げた加納のもとへ、間髪入れず、山田優、見延和靖、宇山賢、ともに団体を戦ったチームメートが駆け寄り、抱きつく。その輪にヘッドコーチのオレクサンドル・ゴルバチュクも加わり、静寂の会場に歓喜の雄叫びが響き、この場に訪れることができなかった日本中、世界中の人々の代わりに、と居合わせた関係者やボランティアも力の限り拍手で快挙を称え、賞賛を送る。

誰もが喜びを噛みしめる。

大会中はIOCアスリート委員の選挙に駆け回った男は、前会長としてスタンドで。そして彼が選手時代、長い五輪の歴史の中で得られなかった日本フェンシング界にとって初のメダルを獲得すべく、強化の中枢で走り続けた男たちは、ピストに近い場所で大会運営に携わるスタッフとして。