第一章 発端

《十六夜の会 第四十節》

「月ノ石ではなく他の場所から来た人が、この同人誌に投稿したということですね?」

「あたしもハッキリ覚えているわけじゃないんだけれど」

春子さんは滅多なことを言ってはいけないと思ったのか、最初の勢いをやや落としながらも、

「発足して七年、なんとか継続はしていたけれど、年によっては思うように作品が集まらないこともあったようなの。レギュラー投稿者はもちろん何人かいたけれど、ページ数が少ないと本が薄くなって体裁が良くないからと、たまに部外者の作品も出していたみたい」

「で、その外から来た記者という人が、この詩を載せたというわけですね」

「はっきりしたことはまだなんとも……ただ、うちの人、この記者さんと意気投合してすっかり仲良くなっちゃって。その人も毎日のようにうちにご飯を食べに来てくれていたしね。そんなようなことになったとしても不思議はないなと」

ご主人も奥さん同様気さくな人だったのでしょう。別のところから取材に来たという見知らぬ男性に、春子さんが私にしているように親切にするのもわかる気がしました。この店で親しく語り合う春子さんのご主人とその若い記者の姿が、時空を超えて見えてくるようでした。

よそから来た人にとって、この店の温かさはきっと身に染みただろうと、その記者の男性と同じ立場の私は共感できたのです。

「その記者の男性がこの詩を投稿したのは間違いないですか?」

思わず尋問のような口調になると、

「佐伯さん、なんだか取り調べ中のドラマの刑事さんみたい」

と春子さんは笑い出しました。私もつられて笑いながら、

「これは失礼。で、その記者さんのお名前はわかりますか?」

「あたしもさっきから思い出そうとしているんだけど、なんせ大昔の話だから」

春子さんはじっと考え込むようにして、

「すごく珍しい苗字だったってことは覚えているのよね。あんまり聞いたことない名前だった。珍しいねと主人ともよく話していたの」

「なんとか思い出せませんかね」

せっかくここまでたどり着いたのです。春子さんの記憶に頼るしかないと思いながら、私はじれったい気分になりました。