ご主人がこの趣味にハマったきっかけも面白い。先日友人である美術の坂田先生が家に遊びに来た。坂田先生も芸術家肌で個性的な方である。今どきの日本では珍しく鼻髭を伸ばしている。伸ばし始めてから彼此十年ほどになるらしい。黒縁の眼鏡をかけ、鼻髭を生やしている坂田先生を見ていると、いかにも芸術家風である。

そして、当然のことながら、坂田先生は美術のことは詳しい。円山応挙、俵屋宗達、葛飾北斎、歌川広重、黒田清輝、岡田三郎助、上村松園、東山魁夷、平山郁夫、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ゴヤ、レンブラント、ミレー、ゴッホ、ピカソ、シャガール、セザンヌ、マティス、ミロ、モネ、ムンク、ダリなど絵画の話題を話しだしたら十時間は止まらない。

ご主人とは大層仲がいいらしく、ヨーロッパ諸国、北京、上海、台湾、島根県の足立美術館などを一緒に旅行したことがあるらしい。そして、毎年五月のゴールデンウィークには、佐賀県有田町で開催される陶器市に一緒にドライブして出かける。

その坂田先生が、先日遊びに来てご主人とお茶を飲みながら、ご主人がテレビ番組の『開運! なんでも鑑定団』にスタジオ出演した話題になった。例の、ご主人が中国人の方から四万円で譲ってもらった直径十八センチメートルほどの白磁の鉢が三五〇万円の鑑定額だったという話だ。吾輩も興味津々だったので、二人の近くに座って話を聞いていた。

「なるほどお。それは凄いねえ。それでまた、どういうきっかけで中国の古い陶磁器に興味を持ったの?」と坂田先生が聞いた。

その後のご主人の説明を要約すると、十三年前のある日、ご主人の自宅の近くにその中国人の方が中国古陶磁の骨董屋を開店したそうである。そして、ご主人がその店のショーウインドウを何気なく覘いたところ、長さ八センチメートルほどの船の形でその両側に約一センチメートルの耳がついているような芥子(からし)(いろ)の器が目に留まったそうだ。

そして、その器の前に「中国春秋時代二千五百年前耳付き盃九千円」という小さな説明書きと値札が置かれていたそうだ。

「!!!!!!」

これを見た瞬間、ご主人は絶句し、体内の遺伝子のどこかに電撃が走ったそうだ。〈春秋時代ということは、かの有名な孔子先生が生きた時代じゃないか! その時代の盃をわずか九千円で買うことができるのか!?〉とご主人は大いに驚いたそうだ。