「それで」

俊夫は自分を押し殺してなおも意地悪く老人を追及しようとする。

「私の心の中には何が見えたって」

俺の中に無様な、成長しきれない子供が跳びはねている。そのことを知っているのはこの俺様本人だけだ。あんたは予言者か、それとも超能力者かね。俊夫はぶつぶつ心の中でそう呟く。

「私は超能力者ではないが、この謎のファインダーは千夜一夜の世界に私を連れて行ってくれるのです」

その老人は首を横に振りながらいった。俊夫はぎょっとして思わず相手の顔を見た。この老人は俺の心の中を読み取ったのか。心の中では皮肉っぽく超能力者といったが、口ではいわなかった。この老いぼれはまるで他人の心の中を読み取ったかのようにさらりと”超能力者”という言葉を口にしたのだ。

思わず頭に血がのぼった。これはもう駄目だ。何もかも読み取られ、裸にされかかっている。自分を守る為には方法は一つしかない。こいつを抹殺し、写真機をぶち壊すしかない。

多分、この骨董品のような古びた写真機が水晶占いの水晶玉のように何もかも老人に読み取らせる魔法の道具なのだ。なおも写真機をいじっている写真屋の方にわざと落ち着き澄ました素振りを装ってゆっくり歩いて行きながら、(自分の足取りがまるで操り人形のそれのようにぎくしゃくしているのを妙に意識していた)自分の中に生まれた恐ろしい思いを誰かに悟られははしないかと怖々辺りに目を配る。

誰もいない。目の前に写真機をいじるのに熱中している写真屋のしなびた細い首筋が近付いて来る。両手の指がその首筋に向かう。

「えっ」

何かの気配を察したように写真屋が振り返る。俊夫ははっと我に返った。

「いや、何」

俊夫は気まずそうに伸ばしかけた手を宙に止め、ひらひら動かして誤魔化そうとする。両手の指が歪み、痙攣けいれんしている。それを引っ込めようとするが、脳の指令を指先が受け付けない。

「そのファインダーの奥を私にも覗かせて欲しいと思いましてな。本当に人間の本性が見えるのかどうか。ひょっとすると女性の丸裸でも見える細工が施してあるんじゃないのかな」

「何をおっしゃる。そんないかがわしいものとはこの写真機は違いますぞ。年代物の、とても希少価値のあるもので」

老人はいかにも生真面目な口調で反発した。

「それで何時頃写真はでき上がりますかな。急いでいるんだが」

俊夫は立ち上がりながら尋ねた。

「明日、同じ頃にはでき上がっております」

今すぐ欲しいんだがと文句をいいたい気持ちを抑えた。このまま老人の話に付き合っているとまたぞろ妙な衝動が蘇ってくるのではないかという不安があった。焦る気持ちを抑え切れずに支払いを済ませて、俊夫は繰り返し頭を下げる老人を背にして写真屋を出ることになったのだった。

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