透さんの入学式の日を数日後に控えた、春の薄曇りの日でした。

ルージュを濃い目に引いて、明るい色のブラウスを身に着けた私は、村上夫妻と共に、透さんの運転する車に乗り込み、別荘に向かいました。

透さんの後ろの席に座った私の横にいた玲子さんが、透さんを見ながら、「透さん、急ぐ旅ではないから、スピードに気を付けて行きましょうね」と声をかけて、更に皆に、

「三日前に買いものに行った帰り道なんだけど、桜ケ丘公園の近くの線路と山に挟まれた、少し下がっている一車線の道あるでしょ。脇の行き止まりの所に、時々パトカーが隠れていることのある、あの道。時々、隠れていることがあるのを知っているから、スピードを落として走っていたんだけど。

桜の薄桃色の花びらが、公園の向こうから、吹雪のように風に流されてきて、車の周囲にも多少飛んでくるのだけれど、それが渦を巻くように、空高く舞っていって、途中でなくなったように見えて、気が付いたら、一時停止をするのを忘れていたの。一時停止は一点だと思っていたら、二点で免停。講習を受けに行かなければならないの。全く、嫌になってしまうわ。そんなこともあるから、透さんも気を付けてね」

前を向いたままの透さんが、「大丈夫、大丈夫、これでも運転には自信があるんだから」と返すと、玲子さんが皆に目を向けながら、「皆でこうして別荘に行くのは何年振りかしら。透さんの小さな頃は、よく皆で来てたよね。今年は透さんが合格して来られるんですもの、嬉しいわ。春の山は良いわね。若葉が美しい。もうこれからは車が少なくなるので、ホッとするわ。透さんは免許を取り立てだから心配していたの」。

優一さんが隣の透さんの方を向いて「いや、別荘地の入口まで、未だ少し距離があるし、中に入って車が少ないといっても、曲りくねっているし勾配もある。気を付けなさいよ」。

玲子さんが前方を見ながら、「もうこの時間だから、今夜は管理事務所に行って、レストランで食事しましょうよ。別荘に着いたら、ゆっくり温泉にも浸りたいし」。

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