アポロンの矢には、前7世紀の詩人ヘシオドスによるこんな説もあります。今、私たちが目にするカラスは真っ黒ですが、アポロンの時代は真っ白だったようです。コロニスが身籠っているときのことです。アポロンはデルフィーに赴いていて託宣や予言の仕事に忙殺されてコロニスの館に戻れずにいました。真相は定かでないのに、館のカラスはデルフィーに飛び「コロニスは良からぬことをしています」と、ご注進したのです。

怒った弓術の名人でもあるアポロンは矢を放ちました。矢は狙い違わずコロニスの胸を貫いてしまいました。しかし、不倫の事実がないことがわかったアポロンは怒りと憎しみを告げ口をしたカラスに向けます。全身を煤けた黒い色に染め永遠に喪に服すことを命じた、との説もあります。

アスクレピオスの教育係・Chiron(ケイロン)

 

アポロンは、生き残った赤子のアスクレピオスを半身半馬のケイロンに養育させました。ケイロンは、ゼウスの異母兄弟です。アポロンは、甥にあたります。半身半馬の怪物に描かれているのは、父クロノスが妻レアにばれぬように馬に変身してピリュラと交わったために、上半身は人間、下半身は馬の姿をした怪物が生まれたと言われています。

ケンタウロス族のケイロンは、医学・音楽・武術などに通じる賢人としてギリシア神話に登場します。住んでいたのは、緑豊かなピリオン半島の山奥でした。ここには数多くの薬草が自生していました。ハーブや薬草に熟知し、その特徴と効能を人々に伝授していました。姿こそ珍妙ですが、能力はずば抜けていました。ことに医術はアポロンが舌を巻くほど巧みでした。

アスクレピオスは、病気を癒やす植物やいろいろな呪術を習得します。アポロンの子は、ケイロンに育てられ、教育され、医術を伝授され、ギリシア神話きっての医術の神になります。医神・アスクレピオスアスクレピオスは、名医として多くの人びとの命を救いました。

医術の守護神アポロンの血を受け継ぎ、医療の名人ケイロンの薫陶を受けたアスクレピオスは、死者すらも治療して蘇えらせていました。「ヒトの生死は、神が決めるものである」と、冥界の王ハデス(ゼウスの兄、父アポロンの伯父)の怒りに触れてしまいました。死んだ者を生き還らせてしまったら世界の規律は目茶苦茶になってしまうと、弟であり万能神のゼウスに厳重な抗議をしました。

そこでゼウスは、強力な武器である雷火を投じてアスクレピオスの命を奪い取ってしまいました。大切な息子を殺されたアポロンは、腹いせに雷火製造にかかわった巨人を惨殺します。このことがさらにゼウスの怒りをかってしまいます。

アポロンは、1年の間オリンポスを追われ人間に下ります。しかし、さすがのゼウスであってもハデスの抗議を受けて罰してみたものの卓越した医術を身に着けたアスクレピオスの才能を無駄にすることはできません。やがてアポロンは許され、死んだとされるアスクレピオスも「神」の資格を授けられることになりました。神格化されたアスクレピオス信仰は、至る所に点在しています。アスクレピオスの神殿・アスクレピオンは、生誕地のエピダウルスの他、コス島やベルガマなど各地に建てられ、信仰と医療の中心となっていきました。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『ドレナージュ大全』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。