三 美味しい食の話

6 稚鮎の涼味

六月は水無月。私は「みなづき」という言葉の響きがとても好きだ。

水無月には、厳しい暑さを無事に過ごすためのいろいろな祭事が行われる。「水無月祓(みなづきばらえ)」は、自分の名前を書いて神社に捧げたり水に流したり、また茅の輪をくぐって安全や幸せを祈願する、水無月晦日(みなづきつごもり)の大祓(おおはらえ)だ。

あまり演じられることのない能の作品に『水無月祓』がある。妻が別れた夫に再会することを念じ、茅の輪をくぐり、めでたく再会を果たすという都の夏の話である。

能は、四季折々を取り入れ、人びとの心の内を豊かにしながら物語が展開する。

六月一日は、鮎の解禁日。お国自慢ではないが、各地の川で獲れる鮎は、それこそ土地のご自慢だ。

鮎は、夏、日本の清流で川藻とともに生長する。水無月から文月にかけて、塩焼きにしていただく鮎は、骨も柔らかく皮も香ばしい。頭から尾まで丸ごと美味しくいただける。

鮎というと、最近は稚鮎もよく出回る。この時期の稚鮎は養殖ではあるが、ほかの稚魚と違って、独特のえも言われぬ香ばしさがある。塩焼きだけでなく、天ぷらにしても美味しい。

日持ちするように、よく煮込んだものもある。鮎の味覚にはうっとうしい暑さを吹き飛ばす爽やかさがある。

鮎は不思議と、いろいろな種類のお酒と調和を持つ。

私は、キレの良い純米酒、あるいは舌にのせるとさっぱりする白ワインが好きだ。中でも、コクのあるフランスのシャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオン、そしてドメーヌ・ド・シュヴァリエ。

作り手の心意気であろうか、赤は有名で量産するけれど、白ワインはある本数以上は作らない。私はそこに、ワインのこだわりを感じるのである。

白ワインは、どんなに保存を良くしても、ある頂点を迎えるとその味は次第に変わっていく。名品の白ワインも、長い間にはシェリー酒のような味に変わる。

私はある時、貴重な体験をした。年代物のシェリー酒のような白ワインをよく冷やし、稚鮎の塩焼きを味わったのだ。

ああ、美味しい! 美味しい! 生きていて良かった。それはかつてない新鮮な感動であった。

二〇一二年は電力事情で、暑さを凌ぎ辛いといわれている。そうだ、古に返り、水無月に思いを巡らし、心の内に涼気を見出そう。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。