翌日、栄美華を表参道に呼び出した。

私は栄美華を連れて杉本博司デザインの[茶酒金田中]へ向かった。薄暗いエントランスホールを抜けた先に広がるのは、開放感のある空間で一気に視界が明るくなる。洗練された落ち着きを持っていて、グラフィック、インテリア、食器など細部まで配慮された素敵な建築だ。

運良く店内は私と栄美華の二人きりで、贅沢にもその空間を独占できた。写真撮影にはもってこいのタイミングで来られたことに私たちはこっそりはしゃいでいた。

「何度見てもすごく綺麗なデザイン」

「今日は誘ってくれてありがとう」

「たまにはこういうのも良いよね」

「大学に籠ってばかりで頭おかしくなってたし」

私と栄美華は白玉と餡子のスウィーツを堪能してから店を出た。表参道から渋谷まで歩きながら、途中にある日用品や雑貨の多いお店を回り、小物から大きな物まで様々な家具を手に取った。ふと目をやった先に、ハンガーやちょっとした小物を引っ掛けるためのフック付き壁面式家具を見つけた。

それを見た瞬間に「これだ」と閃いた。

「デザイン決まった」

「デザイナーズウィークの?」

「このフックを応用しようと思う」

「どんな風に変わるの?」

「次のミーティングで見せるね」

帰りの電車の中で私は肩の荷が下りたように気が楽になった。一番苦しいのは最初のアイディアが浮かんでこないことで、さっぱりアイディアが浮かばない時は途方に暮れる。締め切りという期日がある限り無理にでも捻り出さなければならないが、自分で納得できていないと作品に愛情を込めることができず愚作になってしまう。

デザインの完成度が高いことはもちろん、そのデザインに至るまでの過程やコンセプトも重要となってくるわけだ。デザイナーズウィークに参加して二か月ほど経過していた。

大学は夏休みに入ったばかり。私は先日思いついた、ピアノの鍵盤に見立てた壁面取り付け型家具を提案した。

それをフックの簡易な模型でプレゼンテーションする。鍵盤を押すと、てこの原理によって上部が飛び出してくる。そこにネックレスやマフラーなど、小物を掛けることができる仕組みだ。具体的な提案をしたのは私と栄美華だけで、他の生徒は形になっていなかった。GOサインをもらうとすぐに、手帳に細かく制作過程のスケジュールを書き込んでいった。

夏休みは一か月。少し余裕のできた私は夏休みの間、デザインコンペティションに励んだ。「茶酒金田中」から得たインスピレーションで、茶器を扱うカフェを設計デザインしていた。図面から模型まで、今までで一番丁寧に美しく作り込んだ。昼も夜も睡眠を削ってひたすら制作に没頭していると、途中、高熱をだす事態になったが数日休息を取って再び復活した。

結果は惜しくも一次審査で落ちてしまったが、この一か月間の達成感を味わっていた。やり遂げたことが自信に繋がり、魂を込めて生み出した作品は誇らしかった。そうして夏の休暇はあっという間に終わる。